[女性誌速攻レビュー]「婦人公論」8月25日号

「婦人公論」でナベツネが語った「妻の介護」は、仕事に生きた男のナルシズムと自慢のみ!

2015/08/10 16:00

 しかしこの特集で最も心をつかまれたのは女優・鹿沼絵里のインタビュー「夫・古尾谷雅人のDV、死、借金―“生き地獄”を乗り越えた今」。そこいらの“負”とは一線を画すホンマモンの地獄エピソードです。「毎日が楽しくなる気分転換法」という特集にこのインタビューを投げ込んだ「婦人公論」、エグい。

 俳優・古尾谷雅人の突然の自殺から13年。しかしずっと一緒に暮らしてきた鹿沼にとってそれは“突然”ではなく「私もまたずいぶん前から『覚悟』をしていたように思います。幼少期に患った腸重積の後遺症で腸に持病を抱え、精神的にも不安定なところのある彼を、いつかは私が先に見送ることになるのではないか、と……」。というのも、結婚前から「時折怒りの爆発に見舞われ、自分で自分をコントロールできなくなることがあった」という古尾谷。結婚当初こそうまくいっていたものの、俳優の仕事が振るわなくなってくると徐々に怒りの矛先は家族に。「あるとき、彼が息子に殴りかかろうとしたので、彼の足に死にものぐるいで食らい付いて全身で押しとどめ(中略)『もしこの子を殴ったら、私が何をするかわからないわよ!』と怒鳴ったら、彼はへなへなとその場に座り込み、正座して大声で泣き始めたのです。『いいなあ。お前には守ってくれる人がいて』と、息子の前で涙をぬぐおうともせずに」。

 古尾谷の死は悲しみであると同時に「夫からの解放でもありました」と語る鹿沼。しかしその後も、夫の個人事務所の借金返済、実母の自殺、自身のうつ症状など壮絶な日々は続いたそうです。それでも「これからどんな素敵なことが待っているのか。未来にワクワクしながら、生きています!」と、借金返済しながら介護の仕事を続けながら笑って語るバイタリティがスゴイ。だからこそ、ナイーブ男性が頼ってしまうとも言えましょう。「毎日が楽しくなる気分転換法」特集に“人生楽しくなると信じていなければ、とてもじゃないけど生きていられない”というメッセージを感じたインタビューでした。

■「不自由の身にしてしまった」という言葉に宿るナルシシズム

 続いては「妻の介護―一老境の夫が語る」。リードに「長年寄り添い苦楽をともにした伴侶が、突然要介護状態に陥れば、生活が大きく変わります。仕事一筋に生きてきた夫は、人生の岐路に立たされたとき、何を思うのでしょうか」。夫の介護を妻が語る、ではなく、妻の介護を夫が語る。しかも“夫は外で働き、妻は家を守る”が主流だった、高度経済成長期にブイブイ言わせていた男たちです。妻がある日突然家を守れなくなったら……それまで家事も育児もノータッチだった男たちはどんなに狼狽え、後悔することでしょうか。

 そんなことを期待しつつ読み始めて、完全に裏切られました。読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆であるナベツネこと渡辺恒雄氏のエッセイ「篤子よ、私はいまも罪の意識にさいなまれている」。こちら現在89歳の渡辺氏と4歳年下の妻・篤子さんの物語です。篤子さんは十数年前、クモ膜下出血の発作を起こし、2カ月もの間、生死の境をさまよったと言います。そしてそれが妻の認知症を悪化させ、渡辺氏の言葉を借りれば「不自由の身にしてしまった」のだそう。さらにその原因は「自分にあった」と告白しています。深夜のトイレで発症し、リビングで倒れ込んでいた妻に朝まで気が付かなかったこと。自分が提案した“夫婦別寝室”が結果としてその事態を招いてしまったこと。「我が家を出て、ひとり会社に行く車中で、しばしば私は老妻に対する罪の意識にさいなまれることがある」。

 こちらのエッセイ、「その情報いる?」というエピソードがあちこちに散りばめられているのが印象的です。例えばリビングに倒れている妻を最初に発見した家政婦の女性が「頭脳明晰で若く美しい人」であるとか、助けを求めた虎の門病院院長(故人)の娘さんが「お2人とも東京大学の脳外科を卒業されている」とか。その一方で自身の懺悔は、ただただ発症した妻に気づいてあげられなかったことのみ。後半は若き頃の自分と妻の思い出(というかモテてた自慢)に大きくページを割いています。揺るぎない権力と財力を持ちながら生きてきた人間が、「家族」というプライベートを語るとき、咎められない程度の罪をセンチメンタルに懐古しつつ、そこでもやはり“うちの家政婦が頭脳明晰で若く美しい”とか“友人の娘は東大医学部卒”とか“俺も昔はモテた”とか無意識に自分のプライオリティを上げようとしてしまうのだな……となんだか空虚な気持ちに襲われました。それは渡辺氏に限ったことではありませんけど。

 夫の死で「解放された」妻。要介護の妻をセンチメンタルに語る夫。今号の「婦人公論」には、「人生の岐路」における男と女の埋めようのない溝を感じた次第です。
(西澤千央)

最終更新:2018/09/26 15:58
婦人公論 2015年 8/25 号 [雑誌]
とはいえ、介護から自己愛を完全に排除すると成り立たないという現実
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