『小林カツ代と栗原はるみ』著者インタビュー(後編)

なぜ「ていねいな暮らし」に憧れる人は梅仕事にいそしむのか? 「趣味としての料理」の変遷をたどる

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『小林カツ代と栗原はるみ』の著者・阿古真理さん

(前編はこちら)

――『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』(新潮新書)は、料理研究家の歴史をひもとくという一面とともに、料理が義務から趣味になる歴史をも表したように感じました。

阿古真理さん(以下、阿古) それもあります。惣菜を買うことも外食することもできる環境で、あえて作るのは「楽しみ」という意味を持ちます。昭和50年くらいに“手作りブーム”が起こり、手芸だけじゃなく、ケーキやジャムの手作りなど西洋的なものがはやった。今ほどグレードが高くなくても、外食チェーン店が台頭し、持ち帰り弁当やコンビニが普及してきた時期に起こったんです。

 今も同じ。女性が働き続けることが当たり前で、料理初心者よりデパートのお惣菜の方が何倍もおいしくなっている中ではやってるのが手作りです。それも、“おばあちゃんの梅仕事”的な梅干しや梅酒、味噌作り教室が人気。前回の手作りブームのときは、家で梅干しを作る世代が現役でいて、ちょっと現実的で恥ずかしいことだったんです。だから日本的なものから離れようとしたけど、今の若い世代が見つけたのは自分の記憶にあるかないかくらいの家庭料理、ファンタジーとしての“昔の日本”なんですよ。ただ、今はやっているのは、おばあちゃんたちがやってたことよりも繊細でハイセンスなもの。梅酒にしても焼酎だけじゃなくてブランデーに漬けてみたり、ハーブを入れてみたり、実は“おばあちゃんの梅仕事”とは違うもの。手作りの梅酒や梅干しがなくても困らない中で、あえて作っているのは“ホビー”なんです。

――『小林カツ代と栗原はるみ』には、1970~80年代の時間とお金を持て余していた専業主婦が、ロシア貴族に嫁いだ料理研究家・入江麻木の難しいレシピを好んだという記述がありましたが、現代の“梅仕事”ブームにも、その手間暇を許される自分を誇示する、という意味があるのでは?

阿古 そういった自己表現は、女子が手作りするときに必ずついて回るものです。子どものときにお菓子や、カバンにつけるマスコットのようなものを作るときの、「こういうことをやってる私ってかわいい」という思いがずっと続いている。ただ、始めた段階ではそうでも、習慣化すると生活の一部になる。そこまで続けば、作ったものの交換会や、同じレベルに達した人との女子会の口実になるわけですよ。それは決して悪い趣味ではないと思います。

――その梅仕事ブームの根幹にある「ていねいな暮らし」への憧憬は、どういった社会背景があると思われますか?

阿古 雑誌「ku:nel(クウネル)」(マガジンハウス)が2003年、「天然生活」(地球丸)が04年に、少し遅れて08年に「うかたま」(農山漁村文化協会)が創刊されて、「リンネル」(宝島社)が08年にムックとしてスタートしました。一連の動きは、島村菜津さんの『スローフードな人生! イタリアの食卓から始まる』(新潮社、00年)がベストセラーになり、彼女が中心になって伝えたスローフード運動を雑誌「ソトコト」(木楽舎)が非常に盛り上げたという背景があるんです。

 90年代、不況にあえぐ日本をなんとか盛り返そうという地産地消ブームと、経済成長に対する違和感が合わさり、「スローフード」をキーワードに、「手作り」「ゆったりした暮らし」「自然とともにある暮らし」に対する見直しが始まった。その流れを広げたのが「ku:nel」で、あれはフィクションであることを自覚した、「大人の絵本」なわけですよ。子どもの絵本と違うのは、真似できるってこと。全部は真似できなくても、梅仕事をやれば、「これでスローライフを実践してる」と思うことができるんです。

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