『ダイアナ年代別プロポーションコンテスト』レポート

“自分のため”のキレイを認める――美容コンテストに咲く女たちの「キレイ!」の声

2014/10/19 16:00

 どの世代でも「きれいになれてハッピー!」という思いがストレートに伝わってきて、聞いている方もうれしくなってくる。キレイになって結婚できたり彼氏ができたらうれしいけど、キレイになれたこと自体がうれしい、という満足感がキラキラとまぶしい。“美魔女”のことを、気持ち悪いとか、若さにしがみついてる、ああいうのはモテない、と男でも、女でも叩く人がいたのを思い出す。美魔女も「キレイでいて自分が満足したい」が根底にある、美しく完結した自己満足の世界なのに、なぜそれを関係のない他人から非難されないといけないのだろうと腹立たしかった。美魔女に必要なのは積極的なメディア露出ではなく「きれいになったじゃん、やったね!」といってくれる同性の仲間なのかもしれない。きれいになること自体うれしいことだが、「やったね!」といってくれる存在がいるのはやっぱりさらにうれしいだろう。しかし、これは男性に求めてもなかなか難しい分野だと思う。

 マイクアピールでは内容の被りに気をつけたいところで、見ていた限り『アナと雪の女王』のテーマ曲を歌った人が3人いた。被ることは覚悟の上だろうが、やはりインパクトは弱まる。今後これから秋も深まり、各種コンテストなどでマイクアピールをする人が多いはずだが、『アナ雪』には気をつけてほしい。一方、人生の先輩たちはその辺の選曲も巧みで、シャンソンの名曲「バラ色の人生」を歌い上げた先輩がいた。考えれば、がんばって痩せてキレイになるというのは「ありのまま」とは真逆だ。いつまでも美しく、「バラ色の人生」が続いていく方がテーマ性も近いと言えるだろう。

■高齢者の「美」が勇気になる

 筆者は新興住宅地と真逆の、街の最繁栄期が戦前という古い街に住むため、街ゆく人たちの平均年齢はだいぶ高めだ。日中街中を歩いていると、暇そうに、ただぼんやりしているお年寄りをよく見かけて、胸がかきむしられるような気持ちになる。「子どもが暗い国は駄目、新興国の子どもたちは貧しいけれど日本の子どもと違って目がキラキラしてる」という、それは人種による顔立ちや国民性の違いでは……? と疑問を感じる意見があるが、高齢者が暗い国はきっと駄目だろう、とは思う。

 子どもは未来の象徴だが、高齢者は自分の未来の象徴だ。暇そうにしていたり、すっかりいじけて素直さに欠ける高齢者を見ると、自分の将来と重なり不安でドキドキしてしまう。しかも私の老後なんて、この人たちの半分くらいしかきっと年金なんてもらえないのに、というのが不安に拍車をかける。

 そういう点でも、ダイアナで見た輝くファイナリストの先輩と、気合を入れてお手製の横断幕や団扇をきゃぴきゃぴ振っている先輩たちには勇気付けられた。60代以上が幸せだと私も幸せだ。いつまでもどうか皆さん美しく健やかに、と願ったダイアナコンテストだった。
(石徹白未亜)

最終更新:2014/12/26 17:21
『美-「見えないものをみる」ということ (PHP新書)』
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