[官能小説レビュー]

『不倫(レンタル)』というタイトルに込められた、高齢処女の思考回路とは?

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『不倫(レンタル)』(角川書店)

■今回の官能小説
『不倫(レンタル)』(姫野カオルコ、角川書店)

 「30歳を過ぎた処女」と聞くと、「見た目が残念なのかな?」「性格がきつすぎるとか」「それとも男性恐怖症?」などと思ってしまいがちだが、特に容姿や性格に問題があるわけでもなく、男性にも興味があるという高齢処女だって確かにいる。本当に、“たまたま”セックスに至ることができないまま、歳を重ねてしまったという女性が。言い換えればそれは、事故のようなものだ。

 もし私がその立場だったとしたら? 個人の問題だとわかっていても、周りの同性の友達と比べてしまいそうだ。結婚と出産を経て、処女だった時代のことすら忘れ果てている友達を見ると、私は多分、自分自身を笑うことしかできなくなると思う。とうの昔に売り手市場は終わってしまったと思い込み、その半面、男子中学生のように強くセックスを渇望する。その現実をどう受け止めればいいのか、わからなくなるのではないだろうか。

 姫野カオルコの『レンタル(不倫)』は、34歳処女の理気子の処女喪失物語だ。長身でハーフのような美しい容姿を持つ理気子は、小説家を生業としている。日々、妄想に耽りながらポルノ小説を執筆しながら、週刊誌に投稿されている「読者のエロ体験記」を読んで涙を流す日々。非処女の女性たちからは、斜め読みして忘れ去られる「エロ体験記」も、理気子にとっては「夢物語」であった。

 「ヤリたい。ヤラせていただきたい」そう心の底から願う理気子の前に、ある男が現れる。既婚者である霞は、理気子のことを女として見ていた。
 
 キスやセックスはおろか、恋愛すら慣れていない理気子。霞に「どこかへ行こうか」と誘われても、あっけらかんと「カラオケ」と答える女子力の低さを露呈する。ここで普通、男ならば当惑してしまうだろう。たとえ彼女の体が目的でも、その経過に恋愛のエッセンスを盛るのは、男のたしなみというものだから。しかし高齢処女の理気子にとっては、恋愛などどうでもいい、ただ「処女を捨てたい」だけなのだ。その過程に手間暇かける時間も惜しい理気子は、めでたく処女を喪失できるのだろうか――?

 「ヤッてもらえるんですか?」という理気子の台詞には、男たちが女に抱く甘い恋心など一蹴してしまうほどの緊迫感がほとばしる。「処女喪失」に命をかける理気子のパワーに、圧倒されてしまうのだ。

 『不倫(レンタル)』というタイトルにこそ、そんな高齢処女の思いが込められているように思う。

 「不倫」という人のものを奪い取ろうとする行為は、女の情念にまみれたドロドロとした世界を想像させる。けれど著者の姫野カオルコが、不倫を「レンタル」と読ませたのは、「不倫なんて、しょせん奥さんから男をレンタルしているようなモノ」と思っていることを意味しているのではないだろうか。そこには、「恋愛気分などどうでもいい」という、あっけらかんとしつつも、切実なるメッセージ性を感じるのだ。

 本作は、現実の三十路処女から、深い共感を得るだろうと思う。そして同時に、処女ではないが、セックスの現役から遠ざかってしまった女性にも愛読されるだろう。「ヤラせていただきたい」そんな理気子の言葉が、心に強く響いてしまう女性は、少なくないのかもしれない。

切羽詰まった女ってのは、面白くならざるを得ない

しぃちゃん

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