ドラマレビュー第37回『なぞの転校生』

原作とNHKドラマ版をつなぐ、岩井俊二版『なぞの転校生』が描く主人公の“分身”

nazonotenkousei.jpg
『なぞの転校生』(テレビ東京系)公式サイトより

 テレビ東京で金曜日の深夜に放送されている枠「ドラマ24」は、局地戦ゆえに自由度が高い放送枠だ。園子温の『みんな!エスパーだよ!』や、入江悠の『クローバー』といった、映画監督がチーフ演出を務めるドラマが今まで多く制作されてきたが、『なぞの転校生』では、企画・脚本を『スワロウテイル』や『リリイ・シュシュのすべて』の岩井俊二、監督を『夜のピクニック』の長澤雅彦が務めた。長澤は『Love Letter』や『PiCNiC』のプロデューサーを務めており、岩井作品の撮影監督を務めていた篠田昇を師と仰いでいる。そのため、岩井の映画と遜色のない、日差しの差し込みとカメラの手ブレを多用した叙情的な映像に仕上がっている。

 原作は眉村卓の同名小説。70年代に「NHK少年ドラマシリーズ」にてドラマ化されて高い評価を受けており、同じ眉村卓の『ねらわれた学園』や、筒井康隆の『時をかける少女』と並ぶジュブナイルSFの傑作である。

 ある夜。高校2年生の岩田広一(中村蒼)と幼馴染の同級生・香川みどり(桜井美南)は地上から空へと飛び立っていく無数の流れ星を見かける。それから数日後、広一の隣で暮らす認知症気味の老人・江原正三(ミッキー・カーチス)の元に謎の少年が現れる。モノリスと呼ばれる謎の携帯端末の力によって、少年は江原を洗脳し、孫の山沢典夫(本郷奏多)と名乗り、広一の高校に転校してくる。はじめは突飛な行動が目立つものの、少しずつ広一たちに馴染みつつあった典夫だったが、やがて学校の不良たちに接触し、次々と洗脳していく。実は、典夫はD-8と呼ばれるこの地球とそっくりだが、少しだけ違う並行世界からの移住者だった。

 本作はいわゆるSFで、モノリスと呼ばれる謎の機械の描写や、街が少しずつ並行世界からの移住者(エイリアン)によって変貌していく非現実的な物語をドキュメンタリーのような映像で見せることで、リアリティのある世界を構築している。一つひとつのシーンは団地や河川敷や学校の教室といった見慣れたものでありながら、どこか非現実的で幻想的に見える映像体験は素晴らしく、環境映像を楽しむようにダラダラ見ているだけでも十分楽しめる。SF作品はどれだけお金をかけてCGを駆使しても、作り手のセンスがなければ貧しいものになりがちだ。しかし、本作では「モノリス」と呼ばれる特殊な力を持った携帯端末が起動する際の光学処理の見せ方が秀逸で、最小限の手法で最大限の演出効果を生み出すことに成功している。

 一方、物語はゆっくりしたペースで進んでいき、その全貌はなかなか見えない。主人公の広一がほとんど物語に絡まないため、良くも悪くもテレビドラマらしくない脚本となっている。異なる価値観を持った者同士が出会うことで起こる、対立や和解といった衝突を描くことがドラマだと考えている身としては「これはドラマなのだろうか」と、思いながら見ていた。やがて典夫は団地を拠点に、街をD-8からの移住者たちのためのコロニーに作り替えていき、アスカ(杉咲花)たち王族がやってくる。しかし、アスカたちは移住の過程でプロメテウスの火(核兵器)によって、遺伝子に深い傷を負っていた。

 原作の『なぞの転校生』では、執筆当時の世相を反映して水爆=核戦争の不安が描かれているが、D-8の住人たちが語るプロメテウスの火の描写は、どこか原発事故を連想させる。それでも、そこに作り手の主張があるようには見えず、どこか距離感のあるものとなっている。なんというか、映像はこれ以上なく美しいのに、何が起こっても他人事に見える作品で、これだけ登場人物との距離が遠く感じるドラマは珍しい。しかしこれが、典夫たち並行世界から来た人々の視点で我々の世界を見せているのだと考えると納得できる。この作品は、典夫たち並行世界の人間の視点を借りて描かれる、広一たちの世界の観光記録なのだ。

 それにしても、本作における並行世界とは何を意味していたのだろうか。作中では、並行世界が無数に存在しており、それぞれの世界は少しだけ違うと語られる。例えば、ある世界では音楽家のショパンが存在しなかったり、また別の世界ではSF作家のアーサー・C・クラークが科学者だったりという感じで、あるべきものがなかったり、ないはずのものが存在する。同時に、それぞれの世界にはアイデンティカと呼ばれる「分身」が存在する。最終話では、広一のアイデンティカとして、大人の姿をした広一が登場するが、これを演じるのは「NHK少年ドラマシリーズ」で広一を演じた高野浩幸であり、本作では広一の父親も演じていた。

 つまり、本作はもちろんのこと、過去に小説やテレビドラマで描かれた『なぞの転校生』の世界全てが、本作における並行世界だったのだ。自分とよく似ているけど違う何かを見つめる時に我々の目に何が映るのか。『なぞの転校生』は少し歪んだ鏡のような作品だったのかもしれない。
(成馬零一)

ミッキー・カーチスって、ナベプロの最古参らしいよ!(wikiより)

しぃちゃん

今、あなたにオススメ



サイゾーウーマンのSNS

  • 「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。

関連リンク