[連載]悪女の履歴書

ワイドショーと小説が生み出した、「愛犬家殺人事件」死刑判決の女・風間博子の虚像

2014/03/09 19:00
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Photo by fukapon from Flickr

(前編はこちら)

 遺体なき殺人事件――元夫は暴力団ともつながりがあったいわく付きの人物だ。妻だった博子は関根に暴力を振るわれていた。時には顔を腫らしていたこともあったという。連れ子にも壮絶な暴力を振るっていた関根。関根との偽装離婚にしても、博子自身は「偽装だと思い込んでくれればいい」と思っていたという。これを機に、関根と少しでも距離を置きたい。逃れることができれば。そんな気持ちだったといわれている。そして離婚し、別居に成功したが、しかし関根はあきらめなかった。

 DV被害についての心境は、おそらく肉体的弱者である女性の方が理解は深いだろう。最初は自分が好きだった相手が、次第に本性を現していく。少しでも逆らえば激しい暴力で応酬される。もし逃げても、執拗に追ってくるだろう。当時はDVやストーカーの概念などなかった時代だ。ストーカー規正法が試行されるきっかけとなった「桶川ストーカー殺人事件」が起こるのは、博子の逮捕の4年後である。

 当時の警察など当てにならない。子どもたちを連れて逃げるのは限界がある。もし、自分だけが逃げたら子どもたちに危害が及ぶのではないか。親や親戚にまでが手が及ぶのではないか。どちらかというと内気だったという博子にとって、それは地獄だったと想像できる。

 博子は元夫の性格も熟知していただろう。関根のあまりに常軌を逸したペット商法、詐欺的で山師的な性格、金のためなら暴力団との付き合いも厭わないやり口。普通の生活をしていた“お嬢さん”にとって、男への従属しか道はない。ましてや子どもを抱え、DVに晒されている女性ならなおさらだ。関根は最後に殺害した女性に死姦までしているが、関根の異常さを肌身で知っていたはずの博子にとって、残された道はなかったのではないか。

 肉体関係のあった男女が共犯とされる事件ではしばしば、男によるDV支配、そして肉体的、精神的な洗脳が存在することが過去の事例からも明らかになっている。博子もまた、そうした類型にあるのではないか。関根から逃れない以上、命令に従う。それが例え犯罪行為でも――。保身といってしまえばそれまでだが、絶対的な暴力の前で人間はあまりにも弱い――。当時、それを訴えても警察はおろか、誰もが「夫婦の問題だから」と関わることすら拒否したことは想像に難くない。

 もう1つ。博子には関根とは別に“愛人”がいた。関根とは書類上では離婚が成立していたから、何も咎められることはないが、博子は何かにすがりたかったのかもしれない。だが一旦関根から連絡があれば、従うことしか方法はなかった。博子が認めた死体運搬も「関根の命令だと思い、いわれるがままで事情は知らなかった」と証言している。そして何より、検察側の最大の立証証拠である“山崎調書”の内容とは裏腹に、山崎本人が博子の犯行を法廷で否定した――。

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