[連載]悪女の履歴書

「物語性」なき犯罪者、歴史に沈んだ死刑囚・杉村サダメの獄中晩年

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(前編はこちら)

 12月18日、顔なじみの行商人・村上敏子(46)が訪ねてきた。サダメはダビやシャツを買ったが、その時、敏子の財布に千円札の束が見えた。サダメは3度目の犯行を決意する。昼時でもあったので、弁当のおかずといってサダメはホリドール入りの鯛ミソを敏子に供したのだ。敏子もまた、前の2人同様、嘔吐し倒れて意識を失った。幸いなことに鯛ミソの量が少なかったことから、その後敏子は一命を取り留めた。しかし内臓から脳まで毒に犯され、重篤な障害が残ったという。

 サダメは第3の犯行でついに遂に金を奪うことに成功する。水を飲ませるなど介抱する素振りをみせながら、敏子の財布から1万3,500円を抜き取ったのだ。犯行を偽装するためか、サダメは500円だけは財布に残しておいた。だがその日の夜、意識を取り戻し自宅に戻された敏子が財布から金が失くなっていることに気づいた。そしてこのことがきっかけとなり、サダメに疑惑の目が向けられていく。

 そんなことは露ほども知らないサダメは、10日後の12月28日、内縁の夫と、被害者の夫の目の前で4度目の犯行となるキヨノ毒殺を敢行した。この際にサダメは当然のようにキヨノの財布を漁ったが、そこには10円玉と5円玉がひとつずつしか入っていなかったという。

■戦後2人目の女死刑囚
 警察に連行されたサダメだが、当初は犯行を否認した。しかし家宅捜査で納豆や鯛ミソを押収、熊本大学でキヨノの解剖が行われ、有機リン酸の反応が検出される。さらに火葬でなく土葬だった嘉悦タケの遺体を発掘解剖するなど、数々の物証を突きつけられ、12月30日、サダメは犯行の自供に至った。

 一審の熊本地裁、死刑判決。二審の福岡高裁、控訴棄却、そして昭和38年3月28日に最高裁にて上告が棄却され死刑が確定した。戦後、女としては2人目の死刑確定だった。極めて短期間のうちに、4人もの親しい間柄だった女性たちを毒殺しようとしたサダメ。だが、本当に借金だけが犯行の動機だったのか疑問が残る。借金の返済はそう急ぐものではなかった。しかも狙った相手は全てサダメとは親しい間柄にあった“女性”である。最初の犯行は憎き前夫の実母でもある。当時の狭い人間関係の中、別の動機は本当に存在しなかったのだろうか。そして妻子ある愛人との生活は、本当はどのようなものであったのか。

 だが、こうした疑問が解消されることはなかった。サダメの連続毒殺事件は、その後の裁判で「女としては戦後2人目の死刑確定」という重大な結果にもかかわらず、その詳細は意外にも世間の注目を浴びることはなかった。そのためサダメの生い立ち、裁判過程について、当時のマスコミ報道も驚くほど少ない。

 同じ時期の女性死刑囚といえば、戦後初めて死刑が確定した山本宏子や、初めて死刑が執行された小林カウがいる。これら3人の女性犯罪者についてあらためて整理してみると、戦後初めての死刑確定時期としては山本宏子、次がサダメ、そしてカウという順番になり、また実際の執行では、第一号がカウ、そしてサダメという順番になる。3人は戦中戦後の貧しい環境の中での犯行という共通項があるが、にもかかわらず、カウや山本に対する世間の注目度に比してサダメはあまりにもそれが低いと感じるのだ。

■マスコミや世間の無関心さの“正体”
 個別恩赦で減刑され、結核や精神病のための病院で病死した山本に関しては、主婦層などから助命・嘆願運動が起こった(参照)。同じく連続毒殺犯のカウは、事件が映画化された(参照)。だが、未遂も含め4人もの被害者が存在するサダメの事件が、深く考察された形跡はない。

 おそらく、サダメのキャラクターは、特に凶暴でも、逆に同情を買うほど、何か突出したものがなかったのだと考えられる。犯行の手口も4つとも手が込んでいるわけでもなくまったく同じ手法であり、また計画的といえるほどのものではない。知る限り彼女自身の人生の物語性も極めて薄い。前夫の生活にしても、妻妾同居にしても、特段語られることはなかったのだ。

 しかし死刑確定後、サダメの存在が多少なりともクローズアップされたことがあった。死刑判決に対する冤罪事件の被害者としてあまりに有名な免田栄氏が、獄中のエピソードとしてサダメについて言及したからだ。これを受ける形でノンフィクション作家の大塚公子もまた、獄中や死刑執行のサダメの様子を詳しく書き綴っている。数多くの死刑囚に関する著書を持つ大塚にして、サダメに対する人物評は絶賛といってもいい。

「取材したかぎりでも、模範囚となってからのサダメは、生まれ変わったと表現したくなるほどの、すばらしい女、だった」

 死刑確定後はしばらく荒れ狂ったというサダメだが、その後は仏教に帰依し、謙虚で慎み深い模範囚となったという。その間、福岡拘置所の支所長に、目をつけられイジメ抜かれたにもかかわらず、サダメはそれに動じることもなかった。大塚によると死刑執行の際のサダメの態度は見事なものだったようだ。

「私のような人間のために、こんな最後のひとときを設けていただきまして、本当にもったいない気持ちでいっぱいです」
「あの世では被害者の皆さんに会って、罪を償いたいと思います」

 関係者への感謝と、被害者への謝罪を言葉にして、堂々とそして静かに絞殺台に上っていったという。そして顔には恍惚とした笑みさえ浮かんでいたともいわれる。

 山本宏子や小林カウに比べても、あまりに平凡だが、しかし罪の意識を十分に自覚し達観した女性死刑囚――。そんなサダメの姿が浮かび上がる。その後、サダメの娘夫婦は、それまで住んでいた地域からいつの間にか姿を消したという。そして今、犯行のあった熊本でもこの事件を知る人間はほとんどいない。

 サダメの最後の犯行の前日には、池田勇人首相が所得倍増計画を発表している。日本がますます豊かになりつつある中、4人を毒殺しようとして僅かな金を強奪したサダメは戦後2人目の女性死刑囚として歴史に沈んだ。

 昭和45年9月19日。戦後2番目に女性として死刑が執行された杉村サダメ。享年59歳。
(取材・文/神林広恵)

参照
『死刑囚の最後の瞬間』(大塚公子 角川書店) 
『女性死刑囚 十三人の黒い履歴書』(深笛義也 鹿砦社)
『週刊新潮』(昭和36年1月20日号、新潮社)

物語を作るのはメディアの性?

しぃちゃん



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