サイ女の「文壇ゴシップ劇場」

山崎豊子氏、死後も続く朝日新聞との因縁! 訃報に個人情報掲載で遺族大激怒!?

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「不毛地帯」/新潮社

 『白い巨塔』『沈まぬ太陽』『不毛地帯』(いずれも新潮社)などで知られる作家・山崎豊子氏が、9月29日に急逝した。社会の闇に踏み込む作風は幅広い世代に受け入れられていたが、巨大組織を相手に奮闘し続けてきた山崎氏だけに、敵を作る機会も多かったようだ。そんな中で、最後まで因縁の関係だったのが朝日新聞社だという。その“戦い”のあらましとは――?

「山崎氏と朝日新聞といえば、1976年発表の『不毛地帯』について、同紙は徹底的に盗作疑惑を報道し続けました。朝日新聞は松本清張を担ぎ出し、山崎氏に対する批判を繰り広げたんです。両者は後に和解していますが、同社が発行する『週刊朝日』では、99年の『沈まぬ太陽』に対しても、同じくパクリ疑惑を報じています」(出版関係者)

 一時は裁判沙汰にまで発展した山崎氏と朝日のバトルだが、後の2010年には朝日新聞に山崎氏のインタビューが掲載されたことから、両者の因縁も和解したものと思われていた。ところが……。

「山崎さんの訃報記事に、朝日新聞は自宅の住所と電話番号を掲載したんです。遺族が希望したのであればまだしも、密葬ということを公表していたにもかかわらず、多くの一般人の目に触れる紙面に個人情報を掲載するのは、今日ありえない話です。遺族は強い不信感を示し、他紙はこの一件について朝日新聞に取材を申し込むという事態にまで発展しました」(全国紙記者)

 仮にも大手新聞が、死人に鞭打つような仕打ちを行うものなのだろうか。しかし他紙からの取材に対する朝日の返答は、想像以上のものだったようだ。

「朝日は『すでに遺族には謝罪して、解決している』と回答しましたが、その時点ではまだ遺族に対して何の説明もしていなかった。つまり朝日は最後の最後まで、山崎さんに対するアンチの姿勢を崩さなかったということです」(同)

 両者の争いに終止符が打たれる時は、ついに訪れなかったようだ。

大正女の生き様、見させていただきました

しぃちゃん

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