ブルボンヌの映画批評 「女優女優女優!」第17回

希望すら残酷な感情だとわかっていても、ね? 『風立ちぬ』の光を信じるの

2013/07/27 18:00

 貧しい国、日本が必死に世界と並ぼうとして、あげくに戦争を起こしてしまった時代。ドイツ人カストルプが、過去を忘れる愚かさを、まるで観客に向かって訴えるように連呼するシーンが印象的でした。

(余談ですが、その後、ナチスに追われる身になったカストルプの本国ドイツでは、有名な強制収容所ホロコーストの悲劇が起こります。日本ではアンネ・フランクのユダヤ人迫害ばかりが有名ですが、ホロコーストには同じように同性愛者も送られました。何万人もの人間が、ある国籍だ、同性愛者だ、政策に反対した、というだけでガス室に送られて無残に殺されたんです。戦争に向かう政権というのは、そういう力を国に与えてしまう恐ろしいものなんですよ。怖い怖い……)

 ものを生み出しても、それが破壊の道具になる。愛し合っても、別れがやってくる。

 ナウシカからずっと、宮崎監督は、絶望に満ちた世界の中に一筋の希望を描き続けています。誰よりも人間の闇を感じ、ほうっておけば人はいくらでも愚かなことを繰り返す生き物だとわかっているからこそ、それでも人が確かに持っている光の面を、歴代の美しい主人公たちに託しているのでしょう。その希望すら残酷な感情だということも知っていながら。

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「生きているって素敵ですね。」

殺しあうより、愛しあったほうがいいだろう?
破壊し焼き尽くすより、創造し育てるほうがいいだろう?

 そんな当たり前のことを忘れないように。宮崎監督は、貧しく暗い時代の日本の中に、愛し生み出す喜びを、どこまでも美しく描いてくれました。

 歴代日本映画興行成績の、トップ3は全て宮崎監督作品です。想いのこもったもの作りと、商業的な成功を両立させた奇跡の才能の持ち主が、なぜ今、このメッセージを日本に遺そうとしたのか。アタシたちはしっかりと受け止めなくちゃ。

世界の半分はいつだって闇なのよ。
それでも光を信じて、生きねば。ね。

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ブルボンヌ
女装パフォーマー/ライター。現在、『オレンジページ』(扶桑社)『シティリビング』(サンケイリビング)『ケトル』(太田出版)などに連載中。『午後のまりやーじゅ』(NHKラジオ第1)木曜パーソナリティをはじめ、『ハートネットTV』(NHKオンライン)などに出演中。新宿2丁目のゲイミックスバー『Campy! bar』ママ。

『風立ちぬ』
大正から昭和にかけての日本。戦争や大震災、不景気で閉塞感に覆われていた。幼い頃から空に憧れていた堀越二郎は、イタリア人の飛行機製作者カプローニを尊敬し、いつか美しい飛行機を作り上げたいという野心を抱いていた。関東大震災の混乱の中、二郎は菜穂子と運命的に出会い、2人は恋に落ちるが、菜穂子は結核にかかってしまう。

全国ロードショーで公開中
公式サイト

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最終更新:2019/05/17 21:05
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希望も光もたまには信じてみよ?
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