[連載]ギャングスタのスターたち

コカインの売人から大成したジェイ・Z、政治家になれない致命的な過去とは?

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向かうところ敵ナシなジェイ・Z&ビヨンセ夫婦

――アメリカにおけるHIPHOP、特にギャングスタ・ラップは音楽という表現行為だけではなく、出自や格差を乗り越え成功を手に入れるための“ツール”という側面もある。彼らは何と闘い、何を手に入れたのか。闘いの歴史を振り返る!

【今回のレジェンド】
劣悪な環境からキングにのし上がった、アメリカンドリーム

ジェイ・Z

[生い立ち]
 ジェイ・Zは、1969年12月4日、本名ショーン・コーリー・カーターとして、ニューヨーク州ブルックリンに4人兄弟の末っ子として生まれた。「オハイオ・プレイヤーズ」「テンプテーションズ」など黒人音楽のレコードが常に流れる家に育ったジェイは、幼い頃からクルクル踊り、歌い続ける子だったそうで、音楽が好きだったようだ。6歳の頃、一家はベッドフォード・スタイベサント地区のマーシー公営団地に引っ越した。負けず嫌いのジェイは、バスケもゲームも、学校の勉強も得意で、団地の子どもたちの間で一目置かれる存在になっていった。この団地には黒人低所得階層が住んでいたため治安は最悪で、銃声が目覚まし時計代わりだったとのこと。父親は末っ子のジェイに、劣悪な環境で生き抜くためのノウハウを伝授。親子の絆はとても強かったが、11歳の時、最愛の父は家族の元を去ってしまった。

 父親に捨てられたことに強いショックを受けたジェイは、ノートに自分の気持ちを書き殴ることで、悲しみを乗り越えた。やがて詩を書くことは趣味になり、その詩をライムするように。机を叩き、ビートをとりながら四六時中ライムするようになり、あまりのうるささに母親は機材を買い与えた。大喜びした彼は、「Run‐D.M.C.」「カーティス・ブロウ」を聞き、分厚い辞書に載っている単語を記憶してボキャブラリーを増やし、ライムに磨きをかけるようになった。なお、ステージネームである「ジェイ・Z」は、ニューヨーク市地下鉄J・Z線にちなんでつけられた「Jazzy」というあだ名を縮めたものである。

[キャリア初期]
 80年代後半、近くの公共団地出身のラッパー、Jaz‐Oに才能を認められたジェイは、Jazの「The Originators」(89)にフィーチャリングされる形でデビュー。しかし、ブルックリン界隈では有名なJazも、業界ではちっぽけな存在であり、散々な結果に終わってしまった。レコード会社の対応も最悪で、何もかも信用できなくなったジェイは、高校を中退し、金を稼ぐためにストリートでコカイン売買をするようになる。しかし、ラップはやめず、90年代に入り、ブルックリンが誇るラッパー、ビッグ・ダディ・ケインとフリースタイルで競うチャンスを得たことにより、再び音楽界に足を踏み入れることになる。ジェイの才能に惚れ込んだビッグ・ダディは自分のツアーに連れて行き、ラップさせる機会を与えた。ジェイのラップに観客は歓声を上げたが、彼の独特なライム・スタイルやフロウはなかなか受け入れてもらえず、ビッグ・ダディの後ろ盾があったにもかかわらず、またしても実を結ばなかった。

キングでもサイ女では「巨根野郎」扱い

しぃちゃん

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