「タレント本という名の経典」

自称「おっさん」の水野美紀に見る、男も女も油断させる巧妙なハニートラップ

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『私の中のおっさん』/角川書店

――タレント本。それは教祖というべきタレントと信者(=ファン)をつなぐ“経典”。その中にはどんな教えが書かれ、ファンは何に心酔していくのか。そこから、現代の縮図が見えてくる……。

 水野美紀よ、おまえもか。

 そう嘆きたくなるくらい、水野の『私の中のおっさん』(角川書店)は、お決まりのフレーズに溢れている。「この女優を体のなかであやつるのは、おっさんだった!?」「くすりとでも笑っていただけたら、おっさん(筆者注:水野のこと)大満足」など、今流行りの「女性を表現するのに、あえて男性に使う言葉を用いる」というやつである。

 表紙の水野はモナリザを思わせる静かな微笑みを浮かべ女優然としているが、裏表紙は「おっさん」である。ハゲのヅラ、耳にボールペンをかけ、口の周りにはまあるく濃いヒゲを生やし、カップ酒を飲みながら、スポーツ新聞を読む「おっさん」に水野が扮しているのだ。

 よろしい。そんなにも「おっさん」と言い張るのなら、どこがどう「おっさん」なのか、しかと見届けようではないか。そう思いながら、ページをめくるが、どこをどう探しても「おっさん」エピソードがない。

 エッセイのタイトルともなった「私の中のおっさん」という項で、水野はライフマスク(石膏で顔の形を形どったもの)を取り、自分の顔を客観的に見てみたというエピソードをつづっている。特に、自分の耳の形を初めて客観的に見たことに触れ、第三者は日々それを見て、その印象を元に水野のイメージを作り上げるのだ、と思いを巡らせている。

 そして水野は「思えば私はずっと『操縦席の自分』と『身体』のギャップに頭を悩ませてきている気がする。実は操縦席の私は……漁師のおっさんみたいな人なのである」と書いているのだが、漁師のおっさんとはどういうことなのか? 例えば、「肴はあぶったイカでいい」(BY八代亜紀)といった具体性もないし、むしろ、掲載されているエピソードの数々は、おっさんと反対の方向性を指すように思える。

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