『王妃の帰還』レビュー

大人になっても続く、「自分の世界」を守るためのスクールカーストという戦い

2013/06/03 11:45
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『王妃の帰還』(柚木麻子、実業
之日本社)

 中学時代、クラス分けは一大事だった。今振り返れば滑稽だが、狭い世界の“ポジションどり”がその1年の過ごし方に影響すると怯えていた人は少なくないだろう。「まだ子どもだったから」と懐かしく振り返る私たちは、本当に中学生の時よりも大人になっているのだろうか。もし今、同世代を1カ所に集めたら、中学生よろしくグループを作って、知らず知らず会社の役職や派閥、外見や年収、恋人の有無などを入り組ませた目に見えないカーストを成り立たせてしまう気もする。いくつになっても、集団で上下関係のない付き合いをすることは、難しいことなのかもしれない。『王妃の帰還』(柚木麻子、実業之日本社)は、女子中学生たちのクラス内抗争を瑞々しく描きながら、これまでの自分と人との関係を振り返りたくなる小説だ。

 「世田谷の私立女子中高一貫校」というお嬢様校の中等部で、一番地味な4人グループに属する1人・範子。歴史オタクである範子をはじめ、マンガやアイドルなど、それぞれ「自分の世界」にこもるオタク気質が共通する4人は、自らの立場を「下々」と自嘲しつつも、クラスの和を乱さないように穏やかに過ごしている。

 争いごととは縁のなかったはずの地味グループがある騒動をきっかけに、ずば抜けた美貌でクラスの最上位グループの“王妃”滝沢さんを、グループの一員として迎えてしまう。元のグループで孤立した結果、範子たちのグループにやってきた滝沢さんは、想像以上にワガママで、平気で片親や共働き家庭である範子たちをバカにする、ある意味マリー・アントワネットさながらの存在。地味グループの穏やかな日常を取り戻すべく、範子らは滝沢さんを元の姫グループに“帰還”させる作戦を企てる――。

 クラスのギャルグループ、優等生グループ、ゴスロリグループを巻き込んだ、クラスの抗争。大人から見れば単なる女子中学生のクラスの揉めごとだが、フランス史オタクである範子の視点によって、人々の思惑と謀略あふれる1つの国の繁亡史のようにも見えてくる。そして、スケールはまったく違うものの、「上も下もないクラスにする」と戦うことを決意する範子と、中世フランスで身分制度と戦っていた人々が、“全員の個性が尊重される、誰も見下されない世界を求めて戦った”という一点で、地続きにつながって見えてくる。

 美人でオシャレな滝沢さんは、理解できないものに気持ち悪いと毒づき、共働き家庭や父子家庭を平気で見下す。世間のタチの悪い一面を象徴するような彼女は、範子たちにとって、ほとんど初めての“外界”で、異物だ。悪意を向けてくる人、自分以外の価値観を認めようとしない人と対峙することで、今まで自分を“人を思いやれる、性格のいい子”だと思っていた範子自身にも、異物を徹底的につぶしたくなる残酷な感情があることに気づく。初めて外界と触れることで、自分も苦手なクラスメートも、大して差のない善意と悪意の入り混じった存在であることを、良くも悪くも自覚することになる。

 範子たちはお互いに傷つけ合いながらも、“王妃帰還作戦”の下、しばらく関わり続けるうちに、時に範子のリボン収集癖が滝沢さんとの距離を縮めたり、同じく地味グループの1人、スーさんの賃貸物件の間取り図好きが、気まずい局面を和らげたりする。ビジュアル系バンド好きのリンダが、ほかのグループと仲良くなるきっかけを作る。明らかに間違っている人や気の合わない人を否定して、無視するのは簡単だ。けれどもどんな歴史を振り返っても、単純な排除は、必ずどこかでひずみを生む。彼女たちはそれぞれ静かに抱えていた「自分の世界」をある種の“武器”にして、本当に居心地のいい環境を勝ち取るための、外界との自分なりの戦い方を模索していく。

『王妃の帰還』
クラス内で異文化交流できるのが学生時代の良さ
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