[連載]海外ドラマの向こうガワ

ミュージカルブームに乗り、スピルバーグの熱意で誕生した『SMASH』

2013/05/05 17:00

 物語の主人公はブロードウェイ・ミュージカルのスターになることを目指し、ウェイトレスをしながらオーディションを受ける駆け出し若手女優カレンと、キャリアは長く、大女優である母親譲りの実力もあるが、与えられるのは脇役ばかりでブレイクできずにいるアイヴィー。2人は、マリリン・モンローの生涯を描いた新作ミュージカルで主役の座をめぐり、熾烈な戦いを繰り広げることになる。このミュージカルは、大物プロデューサーや作曲家たちが「業界に新風を吹き込もう」と気合を入れて企画した、何がなんでも成功させたい作品。対照的なタイプのカレンとアイヴィーは、それぞれの方法でマリリンを演じようと大奮闘する。

 本作品は、放送前からテレビドラマファンだけでなく、映画ファン、ミュージカルファンから熱い注目を集めた。テレビ局が、スピルバーグが製作総指揮することを前面に押し出して宣伝していたからだ。

 数多くの名作を手がけたスピルバーグも、その昔は、フェニックスで高校演劇部のステージマネジャーをしていた。スピルバーグは、「自分のキャリアにおいて、最初にアドレナリンを放出させたのは、裏舞台で繰り広げられるドラマだった」と明かしている。彼は、この懐かしい経験をもとに、ミュージカルの最高峰であるブロードウェイの裏舞台で起こっていることをドラマ化しようと企画。しかし、斬新な作品を好む「HBOチャンネル」からけんもほろろに断られ、行き詰まってしまう。

 そんな時、スピルバーグの目についたのが、米「Showtime」(ケーブルテレビ局)のエンターテインメント部門の社長を務めていたロバート・グリーンブラットだった。敏腕テレビマンとして知られる彼も、10代の頃にイリノイ州の小さな演劇シアターで、小道具アシスタントをしていた。演劇への情熱を持ち続け、09年には忙しい社長業の合間を縫い『9 to 5』というブロードウェイ・ミュージカルを制作。ミュージカルの裏舞台で繰り広げられる世界を知る男なのである。

 スピルバーグからミュージカルの裏舞台を描いた作品を考えているとアプローチされたロバートは、必ずや多くの視聴者を魅了するだろうと確信。Showtimeを去り、NBCエンターテインメント部門の社長に就任してからも、この企画を進め、地上波の中で最も視聴率が低い局となっていたNBCを救うべく、制作・放送を決定したのだった。

 このように、業界の大物2人が自信を持ち制作した作品だけに、『SMASH』の完成度は非常に高く、批評家たちも大絶賛。緩急ついたストーリーラインはもちろんのこと、ど迫力のミュージカルシーン、ブロードウェイのオーディション、プロデューサーや監督たちの会議、リハーサルシーンなど、細部に至るまで見事に再現し、ロバートが読んだ通りに、視聴者を虜にした。

 作品が成功したもう1つの大きな要因はキャスティングにある。ミュージカルブームを盛り上げる役割をしているオーディション番組『アメリカン・アイドル』出身のキャサリン・マクフィー(カレン役)に、ブロードウェイで活躍中のメーガン・ヒルティ(アイヴィー役)、大御所女優のアンジェリカ・ヒューストン(アイリーン役)、テレビ界で成功を収めた女優デブラ・メッシング(ジュリア役)ら実力派女優たちがレギュラーとして出演するほか、女性からも支持されている女優ユマ・サーマンや、若い女性に人気の「ジョナス・ブラザーズ」の長男ニック・ジョナスがゲストとして出演。おまけに、実際にブロードウェイで活躍する敏腕プロデューサーや、有名な劇場のオーナーらが登場し、自分自身の役を演じているのだ。作品がリアルに見えるのには、彼らの貢献が非常に大きいのである。

 豪華絢爛なブロードウェイ舞台の裏側で繰り広げられる、想像を超える過酷な争いを描いた『SMASH』。ミュージカルを愛する者たちが集結して制作した本作品を見れば、ミュージカルが血と汗と涙の結晶であることが、はっきりと見えてくるだろう。そして、ミュージカルの真の魅力を知り、虜になるに違いない。

堀川 樹里(ほりかわ・じゅり)
6歳で『空飛ぶ鉄腕美女ワンダーウーマン』にハマった筋金入りの海外ドラマ・ジャンキー。現在、フリーランスライターとして海外ドラマを中心に海外エンターテイメントに関する記事を公式サイトや雑誌等で執筆、翻訳。海外在住歴20年以上、豪州→中東→東南アジア→米国→台湾を経て、現在は日本に帰国。数年後に来るだろう海外生活を前に、日本での生活を満喫中。

最終更新:2013/05/16 15:00
『SMASH DVD-BOX』
渡辺えりもSMASH的女優ってこと?
アクセスランキング