介護をめぐる親子・家族模様【第6話】

「母が家庭を壊した」母親の死期を知った息子が語った、屈折した愛


Photo By omoon Flickr

 火災が多い。宍戸錠氏の状況も心配だが(被害妄想に幻覚だろうか?……認知症の症状に酷似)、長崎のグループホーム火災も胸が痛む。テレビの画面から聞こえた、「中にまだ人がいます」という職員らしき女性の悲痛な叫び声がまだ耳に残っている。グループホームは、認知症の人が少人数の家庭的な環境の中で暮らす施設だ。入居者9人に夜勤職員は1人。報道では、定員オーバーしていたとの話もある。火災という非常時に、職員1人で何ができるというのか。出火原因となった加湿器は、入居者の風邪予防だったのだろうと思うと一層悲しい。犠牲者のご冥福を祈りたい。

<登場人物プロフィール>
石田 雄一(43) ウェブデザイナー。東京で事務所を運営している。
石田 勝(80) 石田さんの実父。一人暮らし。
大野 敏子(75) 石田さんの実母。50代で夫と離婚後、再婚している。


■朝起きると底のヘコんだ鍋が転がっていた

 仕事の打ち合わせ場所に行くと、すでに石田さんがいた。打ち合わせ開始時間にはまだ30分もある。そう親しくない石田さんと2人……もう1人の担当者が来るまで長いな、と思っていると、石田さんの携帯が鳴った。仕事の電話ではなさそうな対応だが、友達からにしてはテンションが低い。しばらくして電話を切った石田さんが、電話の報告をするようにしゃべり出した。

「実は、今母親が病気でね。今の電話は姉からなんですよ」

 仕事中に電話が来るとは、普通ではない。

「実はかなり深刻な状態でして。医者からはここ数日が山だろうと言われているんです」

 それは打ち合わせなんてやっている場合ではない。早く病院に行ってください、と言っても石田さんは動こうとしない。

「姉も、早く病院に来いって言ってるんですがね……僕としては、複雑な気持ちなんですよ」

 きっと誰かに話さないと、自分の気持ちを処理できない状況なんだろうと思った。この期に及んで、ではあるが、母と息子とはそんなものかもしれない。

 石田さんの次の言葉を待った。石田さんは、あえて軽く言う、という感じで言った。

「父親がね、暴力、ひどかったんです」

 それは、重い。石田さん姉弟は大丈夫だったのだろうか。

「幸い、僕たちは殴られたことはないんです。両親のケンカはしょっちゅうでしたが。今でも覚えているのが、朝起きると顔を紫色に腫らした母親と、床に転がっている鍋。その鍋の底がヘコんでるんですよ。夜中にその鍋で親父が母親を殴ってたんですね。最低な親父ですよ」

 鍋、か。確かに最低な父親だ。お母さんは逃げなかったのだろうか?

「何度も家出はしてましたけど、僕たちが心配だったんだと思いますね。何日かするとまた戻ってきてた。僕らを連れて家を出ても、食べていけないと思ったんじゃないでしょうか」

 なんのかんの言いながら、別れられない。共依存。よくある話だ。しかし、石田さんが成人した後、母親はとうとう父親のもとを去った。それも、別の男性のもとに。

「相手はずっと前から、親父の暴力の相談に乗ってくれていた人だったらしかったです。姉は前からその男のことを知っていたみたいで、母親の味方をしてましたけどね」

 確かに同性としては、母親の気持ちもよくわかる。石田さんのお母さんにそんな存在の男性がいたことに、思わずホッとした。「お母さん、寄りどころとなる男性がいてよかったですね」、そう言うと、石田さんは当惑したように笑った。

「母親にとっては、その男が救いだったかもしれない。けれど僕にとっては、そうじゃなかった。いくら最低の親父でも、親父の相談をダシにして別の男の走るような女は、母親として認めたくなかった。暴力に耐えろ、とは言えないのはよくわかっています。それでも、どうしても許せなかったんです」

 石田さんは、頭では母親の気持ちが理解できていたものの、姉のように割り切って考えることができなかった。その後、姉は結婚。子どもが生まれると、母親とはさらに頻繁に行き来するようになったという。しかし、石田さんは違った。

「暴力を振るっていた父親は、母に逃げられてからは、すっかりしょぼくれた爺さんになってしまった。その姿を見て、もっと母親を拒否してしまったのかもしれません。僕は自分の結婚式にも母を呼ばなかったし、子どもが生まれても連絡しなかった。母親に孫を抱かせるなんて、考えられなかったですね。いびつな形だったけど、僕の家族を壊したのは、暴力をふるった父親ではなく、別の男のもとに走った母親なんです。僕にとっては」

■母親の再婚相手からの電話

 母親の消息は姉経由でずっと入ってくるので、母親がどこでどう暮らしているのかは知っていた。だから数カ月前、「大野さん」という人から電話をもらった時、それが母の再婚相手であることもすぐにわかったという。

「大野、と電話で名乗られた時は、特別な感情は湧きませんでした。それより、電話をくれるくらいだから、何か大変なことが起きたんだろうと思いました。その通り、母親がもう手術もできないくらい進行している末期のがんだと言われました。母親が僕に会いたがっているから、一度顔を見せてほしい、と」

 同様の連絡を受けた姉が、「私から連絡しても見舞いには行かないだろうから、大野さんから電話をしてほしい」と頼んだのだった。しかし、石田さんはそれでも母親のところには行こうとしなかった。

「今さらどんな顔をして、ですよ。姉の話では、大野さんは毎日病院に通って、母の病室にずっとついているらしいです。優しい人ですよ。母は大野さんと一緒になれて幸せだったと思います。あのまま父親と暮らしていたら、殺されていたかもしれない。父親は罰が当たった。母親は幸せを手に入れた。もう、それでいいじゃないですか」

 病床の母親の切なさは想像に難くない。最期、なんだから顔くらい見せてやったらいいではないですか、と言おうとしたが言葉を飲み込んだ。他人が何と言おうと、石田さんの気持ちは変わらないだろう。母親が死んだ後、やっぱり見舞いにくらい行ってやればよかったと後悔することになるのかもしれない。しかし、それも含めて石田さんが決めることだ。それでも、少しは迷いがあるから、他人の私に家庭の事情を話さずにはいられなかったのだろう。
 
 待ち合わせ時間より10分ほど遅れて打ち合わせの担当者がやってきたので、石田さんの独白のような話は終わった。石田さんは、何事もなかったかのように打ち合わせをし、「今日はいろいろありがとうございました」と、聞いてくれたお礼とも取れる挨拶をして帰って行った。ドラマなら、このあと石田さんは母親の病室に駆けつけるところだろう。

 誰もが、少しずつ事情を抱えて生きている。話したことで、石田さんの背中の荷物が少し軽くなっていたらいいのだが。

軽くなる荷物なんてない、とわかってる

しぃちゃん

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