[官能小説レビュー]

女を「神格化」する男との、25年ものすれ違いを描いた『サヨナライツカ』

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『サヨナライツカ』/幻冬舎

■今回の官能小説
『サヨナライツカ』(辻仁成、幻冬舎)

 男は、強く愛した女を神格化することがある。それが叶わない恋ならばなおさらで、まるで女を「女神」のように崇めてしまうのだ。けれど、どれだけ神格化しようと、女は所詮、ただの女。男に崇められれば崇められるほど、女は恋愛に酔うことなく、冷静に相手を愛し続けるため、すれ違いが生じてしまう。

 今回ご紹介する『サヨナライツカ』(幻冬舎)の舞台は、1975年のバンコク。婚約者を日本に残してバンコクで働く東垣内豊は、謎の美女・真中沓子と出会う。豊のもとへ突然現れた沓子は、彼の返事も聞かずに室内に上がり込み、ノースリーブのシャツとスカートを脱ぎ、豊をベッドへと導いた。小柄だけれど弾力があり、成熟している沓子の身体。そして、黒目がちで大きな瞳――美しい沓子の誘いに、豊は光子という貞淑な婚約者がいながらも、あっさりと応じてしまう。

 “好青年”というニックネームを付けられるほど堅実だった豊は、奔放で美しい沓子の魅力に溺れてゆく。旧華族出身の母親を持ち、謙虚でエレガントな雰囲気を携える光子は、ベッドの中では怯えた小動物のように恥じらい、ぴったりと両足を閉じ続ける。しかし、沓子は違う。まるで獣の交尾のような大胆さを持っていた。

 沓子は、その暮らしも破天荒だった。一流ホテルのスイートルームに住み、露出の高い派手な服で身をかため、根無し草のようにゆらゆらとバンコクの地に暮らす。互いの星座も血液型も、沓子が一体何者なのかも知らないまま、豊と沓子の関係は深みに墜ちていくのである。

 しかしほどなくして、2人の関係はバンコクに住む日本人たちの間でうわさになる。じわじわと追いつめられていく豊は、光子との結婚式を3週間後に控え、とうとう沓子と別れる決心をする。

 最後に訪れた旅行先で、豊は沓子の秘密を知ることになる。沓子が豊に近づいた真の理由は、前夫である富豪への復讐に、豊を利用するため。しかし沓子は、豊を心から愛してしまうという計算違いを起こしてしまったというのだ。

 バンコクを離れて日本に戻った豊の脳裏にあったのは、二度と会うことのできない沓子の姿――。だからこそ、沓子は豊の中で神格化されていった。月日が流れれば流れるほど、沓子との記憶はより穢れのない女性像に美化されてゆくのだった。

 そして25年の月日を経て、60歳を目前とする豊と沓子は、バンコクで再会する。「愛していた」という、互いに恐れていた言葉と短いキスを残し、沓子は再び豊の前から姿を消した。その後、沓子から豊に届けられた一通の手紙が、ようやく彼女を、ただ愛されるだけの「女神」という存在から、自ら人を愛する1人の「女」として昇華させたのだった。

 男にとっての「女神」とは、自由奔放で美しく、自らが手を差し伸べなくても勝手に生きていけるような存在である。けれど、現実世界に当てはめると、最終的に男が選ぶのは、たいていどこかしら“抜けている”ような女性だ。男は女に、どこかしら欠けている部分を見出せるからこそ、そこを補完しようとする。女もまた、自分の将来を考えた時、男の収入や生活力を考えずにはいられない。男を目の前にすれば、必ず損得勘定が働く。男と女の間には、そんな相手への思惑が存在しているのだ。

 しかし、沓子はどうだろう。美しく自由奔放という、男から崇められるような「女神性」を持ちながら、何の打算もないまま、たった1人の男・豊を、ただひたむきに愛し抜く。そんな女、果たして現実世界に存在するのだろうかとも思うが、25年間もの間、豊から手の届かない「女神」として扱われ続けた沓子の心境には、女性ならば誰もが感じるところがあるのではないだろうか。「自分」と、「男から見た自分」の違いに、戸惑いを感じることはよくある。きっと沓子は豊に対して、心の中で叫び続けていたのだと思う。「私は、あなたが想い抱いているような女ではないのよ」と。

 相手とのすれ違いで悩む人は多い。けれど、「認めてもらえないから、認めてほしい」と思ってしまうのは、それだけ相手への想いが強いということだ。豊と沓子のように、男と女は“未完”のままであれば、いつまでもその想いを抱き続けられるのかもしれない。
(いしいのりえ)

姫系おっさん・辻仁成のヒット作よ!

しぃちゃん



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