『下に見る人』ブックレビュー

小さな差異でこそマウントを取りたがる、“下に見たい”欲望の正体

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『下に見る人』(酒井順子、角川書店)

 容姿・年齢・職業・年収・モテ……人に優劣をつける基準は無数に存在する。どんな基準であれ、自分と人を比べて下に見たことが一度もない、と言い切れる人は少ないだろう。ママ友、会社の同期、久しぶりに会う同級生――そんな他人と向かい合う時、「どちらが上で、どちらが下か」という勝ち負け感覚に無頓着ではいられない。あからさまにマウントを取って勝つことで生き抜いている人も、ひそかに負けたことを気に病んでいる人も、そんな不毛な戦いからちょっと離れたい時に読みたい本が『下に見る人』(酒井順子、角川書店)だ。

 『負け犬の遠吠え』(講談社)で知られる著者による本作は、自らの人生のさまざまな局面で、人を下に見た経験、逆に下に見られた経験を振り返りつつ、「下に見る人」の欲望の正体にメスを入れていく。

 「人に序列をつけたい、そこで自分は『上』でありたい」という願望自体は、表立って剥き出しにする人は少なくても、ほとんどの人が自然に持ち合わせている感情だ。幼い子どもほど、散らかっている物を整理整頓するような罪のない感覚で、他人に上下をつけていく。その上下を測る“物差し”は成長するにつれて無数に増え、年代や時代、属する社会の価値観で、物差しの重要度は変わっていくが、著者はさまざまなエピソードを複数の視点から振り返ることで、学歴や年齢など、自分に都合のいい“物差し”にこだわり続けてしまう人の滑稽さ、おかしさも辛らつに浮き彫りにする。

 さらに「上と下との境界線あたりをうろうろしている人ほど、『下』の人と自分との間にはっきりと線を引きたくなる」という差別感覚の傾向にも切り込む。その一方で、近年の「ドヤ顔」「上から目線」という言葉の浸透や、カリスマ政治家の台頭の背景にある、“小さく出た杭は叩くが、大きく出過ぎた杭は打たずに熱狂する”というねじれた横並び意識も指摘する。

 「ナンバーワンにならなくても、みんながそれぞれオンリーワンでいい」という考えが浸透している現代。“私もあなたも同じくらいオンリーワン”ということはつまり、結局全員が同じ価値だということも、みな薄々承知している。けれども、学校のように、閉じられた環境に置かれ、外から見れば差が分かりにくい集団ほど、内部の人々は、より精密に序列をつけたがる。“相手と自分の差が、自分が考えているより小さい”と思った時、自分の位置を確認するためにも、“下”の相手とは必要以上に差をつけたくなり、時にそれが、いじめや差別といった不幸を生む元凶にもなってしまうのだ。

 「人間はそれぞれに尊い価値があり、上下はつけられない」という考えは、正論だ。しかし私たちのほとんどは、常にそんな成熟した視点で生きている訳ではない。わかっていても、今日も目の前の人とのちっちゃい差をあげつらい、自分が下に見られれば落ち込み、“上”に属していると思えば優越感を抱いてしまうのも現実だ。

 そんな愚かで単純な、ある意味で人間らしい「下に見る人」の欲望。それは、無理やり押し殺すものではなく、著者のように、その滑稽さや未熟さに自ら突っ込みを入れつつ、折り合いを付けながら生涯付き合っていくものなのかもしれない。たとえ「私の方が『上』」という果てしないマウントの取り合いから解放される日が来なくても、むやみに振り回されず、生き抜くことができるだろう。
(保田夏子)

正論では救えない感情

しぃちゃん

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