介護をめぐる親子・家族模様【第3話】

「小さな石ころの波紋ですべて崩れる」義母からの電話に怯える長男の嫁

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Photo by IAN Chen from Flickr

 実の親の介護と、夫の親の介護とは、そりゃやっぱりどうしても気持ちの入り方は違う。同居していようがいまいが、一歩引いているというか、ちょっと冷めてるというか、よくいえば客観的に見られるというか。自分を産んでくれた親とは、その感覚は違って当たり前なのだが、それでもまったく他人事というわけにはいかないのが嫁の立場ってもんだろう。他人事としてまったく関知しない! という猛者もいるが、猛者にはなれない一般嫁としては、親戚の目やら世間体やらも気になるし、一応夫の手前ってのもある(ポーズともいう)。自分の親なら覚悟を決めるしかないが、夫の親にはなんで自分が? という気持ちは拭えない。今回は、そんな嫁から見た話をお送りしよう。

<登場人物プロフィール>
松田圭子(45)パート勤務。四国の県庁所在地に夫、小学生の子ども2人と暮らす
松田孝一(48)松田圭子の夫。県庁に勤務している
松田勝則(80)松田孝一の父
松田頼子(77)松田孝一の母

■ちょっと遅かったが、手に入れた幸せな生活

 松田圭子さんは、これまでの結婚生活で特に不満を感じたことはなかった。独身時代は大阪で一人暮らしをして、専門職として仕事に打ち込んでいた。30も半ばになってから、友人から紹介された今の夫と意気投合し結婚した。もともと四国出身だった松田さんにとって、夫が暮らす県は実家の隣県。結婚しても実家には頻繁に顔を出せる。専門職なので、生活が落ち着いたら仕事にも復帰するつもりでいた。

 夫の両親は、同じ県内だが車で2時間ほど離れた山間の町に住んでいる。顔を合わせるのはお盆や正月程度だから、嫁姑の関係は特に問題もなかった。嫁いだ義姉が近くに住んでいるのも、松田さんにとっては好都合だった。夫の実家とはつかず離れずの距離感を保ったまま、義姉が義両親の介護までやってくれるものと思っていた。

「結婚が新たな人生のスタートだとしたら、私のスタートはちょっと遅かったけれど、順調すぎるくらい。早く結婚した友達からもうらやましがられるほどでした」

 子ども2人にも恵まれ、下の子が小学生になった頃にパートで仕事にも復帰した。教育には十分お金をかけたいと、子どもには習い事をさせ、2人とも国立大附属の小学校に通わせている。夫は公務員だから、転勤もない。

「大阪にいた時のような刺激はないかわりに、家族で穏やかに過ごす時間が持てる。自分で言うのも何ですが、本当の豊かな生活とは私のような暮らし方だと思っていました」

 松田さんの“豊かな暮らし”は、ある出来事で一変することになる。小さな石ころが起こした波紋が、やがて大きな波紋となるように。

■義姉に次いで義父が倒れた――やがて毎日義母からの電話が

 その出来事とは、義姉がくも膜下出血で倒れたことだった。まだ40代の若さだった。幸い一命は取り留めたが、もはや元の生活に戻れる状態ではないという。「リハビリで歩けるくらいにはなるでしょうが、言葉が出ない。家族の顔もよくわからないようなんです」。義両親の心痛は容易に想像がつく。「逆縁にならなかっただけ、いいと思うしかないですよね。それでも、親の顔がわからない娘を見舞う義父母の気持ちを考えると、本当にかわいそうだと思います」。

 義両親にとっては大変な出来事だったが、松田さんにとっては、義姉のことはまだ小さな波紋にすぎなかった。しかし、その小さな波紋は、大きな波紋を呼ぶことになる。翌年義父が脳出血で倒れてしまったのだ。

「悪いことは重なるものだと思いました。そのうえ義父の容体がよくなかったので、地元の病院からこちらの大学附属病院に転院することになったんです。義母は遠くの病院に入れることは不安だったようですが、私たちの家の近くの病院なら大丈夫だろうと承諾してくれました」

 倒れてから1年近くになる今も、義父の入院は続いている。義姉同様、命は取り留めたものの楽観はできない状態だそうだ。

「主人が毎日病院に寄ってから帰ってきています。先生や義母との連絡は主人にしてもらうことにしているんですが……」

 松田さんの顔はだんだん曇っていく。

「義母が参ってしまっているんです。義姉に続いて今度は義父ですから。義姉がついていてくれれば、もう少し気丈だったと思うんですけど」

 松田さん一家の近くの病院に義父が転院したことで、一旦は安心したように見えた義母だったが、時間がたつにつれ張り詰めていた糸が切れたのかもしれない。波紋はさらに大きく広がった。

「毎日毎日、不安にかられた義母から電話が来るんです。『お父さんの様子はどう?』とか、『病院にこれを持っていってあげて』とか、『お医者さんは何って言ってるの?』とか。主人からも連絡しているはずなんですが、それでは気が済まないみたい。私も最初のうちは義母を気遣っていたんですが、何カ月もこれが毎日続くとおかしくなりますよ。そろそろ電話が鳴る頃だと思うと、動機が激しくなって、気分が悪くなる。2回に1回は、子どもに電話を取ってもらって『今お母さんはいません』と言ってもらったり。電話が鳴らないように、電話線を抜いたこともあります」

 義母も松田さんの夫には、細々としたことは言い出しにくいのでは、と松田さんは言う。昔の人だけに、長男には遠慮があるのかもしれない。

「義母までおかしくなってしまったら、義父がもし退院できても家には帰せないでしょう。義姉もダメとなると、うちしかない。となると、義母はどうなるの? うちは子どもがまだ小さいし、とても義父の介護なんてできませんよ。主人はなるようにしかならないって気楽に考えているようですが、全然状況をわかっていない。この人バカなんじゃないの? と怒りさえ湧いてきます。これまでいいパパ、いい夫に見えたのは、単にお気楽な人だったからなんじゃないか。私がピリピリしているのがわかっているからか、病院に寄って帰ってくるのも、うちに帰って来たくないからじゃないかとまで思えてきて……。イライラして、子どもたちにまで当たってしまいます」

 一気にまくしたてた松田さんは、言葉を切った。そして、溜息をついて言った。

「小さな石ころが波紋を広げるように、その波紋がどんどん大きくなって、すべてが崩れていくようなことってあるんだなと思います。義姉が倒れていなかったら、まだ波紋は小さかったのかなとか。でも遅かれ早かれ、こうなったのかもしれない。これまでの穏やかだった生活は、嵐の前の静けさだったんでしょうか」

 いや、松田さんの嵐はまだ始まったばかりではないですか? そう思ったが、もちろん口には出せなかった。

この道はいつか行く道

しぃちゃん

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