『365日夢のように愛されるプリンセス・ルールズ』ブックレビュー

「彼がシェフで私はグラタン皿」人気恋愛指南本の奇妙なプリンセス像

2013/01/12 16:00
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『365日夢のように愛されるプリンセ
ス・ルールズ』/学研

 「肉食系」「森ガール」「負け犬」「腐女子」など、近年相次いでメディアに登場した、女子をカテゴライズする名称。最近では、「自らの女性性を謳歌できず、自意識をこじらせて、自虐に走る女の子たち」を指し示す「こじらせ系」が話題を呼びました。

 しかし、そんな「こじらせ」一大ブームに沸く日本で、正反対の価値観を体現する自己啓発本が刊行されました。それが、今回紹介する『365日夢のように愛される(はぁと)プリンセス・ルールズ』(学研)。「ふんわりまろやか」という乙女チックな世界観で、人気エッセイストとなった上原愛加による、「プリンセス・バイブル」シリーズの1冊であり、先ごろシリーズ累計85万部突破したんだとか。レースをかたどったクリーム色の装丁に、「夢のように愛され」たいという願望を真正面から掲げ、まさに「女のコのための恋愛指南本」である本書――自分の中の女を認められない「こじらせ系」の対極をいくような、「プリンセス・バイブル」の教えとは? そして、「ふんわりまろやか」の正体とは?

◎地球の未来を変える「しあわせ花嫁レシピ」

 本書の序文は次のような言葉で始まります。

「もしも、あなたが彼のためにつくったオマール海老のクリームパスタが、信じられないほど美味しかったとしても…それゆえに、彼があなたのためにとびきりのエンゲージリングを買いに走る確率は、1%未満。しかしあなたが彼のこころの胃袋を完璧に満たす“3つの料理”をつくって食べさせてあげたなら…100%彼はあなたを手放したくないと思います。」

 彼の「こころの胃袋」を満たし、結婚にこぎつけることができる「3つの料理」とはどんな料理なのでしょうか。早速読んでいきましょう。

 まず第一部のレシピは「ぽかぽかスープ」です。なんでも、「男は自分の存在価値がわからず闘いを続ける」=「泳いでいないと死んでしまう鰹」であり、「女は生きてるだけで幸せでいられる」=「地に根を生やした昆布」なのだから、「女はありのままの男を受け入れて愛してあげるべき」と書かれています。すると、「鰹と昆布で美味しい出汁が取れる」=結婚できるのだそうです。

 ……って、この「しあわせ花嫁レシピ」、料理のレシピではなく、実は料理に例えた「愛されるための教え」だったのです。料理する気満々で読み進めてたのに!

 気を取り直して、次の第二部「あつあつグラタン」では、特別扱いされる女について語っています。ここでは、彼がシェフで私はグラタン皿。グラタン皿である女性は、「自分から」という気持ちを封じ込めて受身に徹すること、相手に尽くしてもらったら「しあわせな反応」をチラ見せすることが重要だそう。そして「圧倒的なパワーをもつ女としての自分に胸をはり、堂々と“夢のようにすてきな存在”として敬われ、それに相応しい特別なあつかいを喜んで受け入れる」よう宣言しています。グラタン皿って、オーブン熱に耐えられる強度があればそれでいいって感じで、ちっとも大切に扱われるイメージがないのですが……。

 そして、第三部のレシピ「シュークリームロマンス」では、運命について語られています。「こころ」を持たない男と「ちから」を持たない女が出合うと、「世界でたったひとつの価値を与えあい、こんなにしあわせならもういいやと、それまでゆるせなかったすべてをゆるしてふんわりまろやかに生きていけるようになるのです」「まるでシュークリームのように(はぁと)」という謎の比喩表現で男女の関係性が語られます。さらに、「運命の相手との出逢いによって、地球の未来が“きらきら”かがやきだす」「そうやって、この地球のしあわせな現在は守られていく」そう。いつの間にか話が地球規模にまで及んでいます。

 「しあわせ花嫁レシピ」とは、自分を「しあわせ」だと思い込み、ひたすら受身で夢を見ていることだったのでした。しかし、本当に「女は生きているだけで幸せでいられ」るのか? 「圧倒的な女としてのパワー」を、一度でも感じたことがあるのか? 「運命の相手との出逢い」を、本気で信じられるのか? そんな疑問ばかりが浮かんできました。

◎「愛され」に必要なのは努力ではなく、「やさしさ」

 ところで本書は、読者である女性たちに、愛されるための「努力」を強いません。キャリアやスキルアップのための頑張りが要求されないのはもちろん、愛されメイクも、モテファッションも、ダイエットも駆け引きも膣トレも、本書ではその単語すら出てきません。その代わりに本書が推奨するのが、「乙女のハートにできるだけ負担を強いない“やさしい生き方(はぁと)”」なのです!

 「やさしい生き方を実現する20の乙女ルール」に出てくるのは、「つらいなら、それ以上、つづけない(はぁと)」「不快なら、それ以上、その人と一緒にいない(はぁと)」などなど、どこまでも自分に甘く「やさしい」言葉たち。さらには、「フラフラになりそうなら、ハート型のパンケーキを12枚つみあげて、メープルシロップをたっぷりかける(はぁと)」「イライラしがちになったら、すてきすぎるチョコレートBOXを自分にプレゼントする(はぁと)」などの味覚的にも甘ったるい教えも登場します。

 つまり、愛されるために必要なのは努力ではなく、自分への「やさしさ」というわけ。根拠なんかなくても、自分を甘やかし、いつか素敵な王子様が自分を迎えにくると思い込める図々しさがないと「しあわせ」はやってこないとのこと。嫌なことや嫌な人を避け、つらい時は甘いものを食べて忘れてしまう……本書に書いてあるのは、思考停止して、乙女な世界に逃げ込む方法。そして、思考停止できるようになった時に初めて、著者の上原氏が言う「ふんわりまろやかな女の子」という、アイデンティティをモノにすることができるのです。

◎「ふんわりまろやか」に潜む女の本音

 ふんわりまろやかな女の子と言えども、この世知辛い世の中で懸命に働いていればぐったり疲れて「しあわせ」や「やさしさ」を見失ってしまう時もあります。そんな時は、ひとりカラオケや、やけ食い・やけ酒でストレス解消を図るのではなく、「しあわせ(はぁと)を取り戻すために『だいすき』という助っ人を呼ぶ」のがプリンセス流です。

 本書では、入浴剤やプリンやウェディングドレスのカタログが「だいすき」の代表選手として挙げられています。さらに、「バラ色のチーク+レースのスカート=しあわせ(はぁと)」とも……。思わず、「このくそ寒い時期に、乾燥したほっぺたにバラ色のチーク乗せたらおてもやんになっちゃう!」「会社にレースのスカートなんてはいていけるか! それに、尻が冷えるから!」と、 実用性と「しあわせ」が両立していないことにツッコミを入れたくなってしまいそうですが、著者の上原氏は、そんな思考停止しきれない読者をも激励してくれています。

「時代の流れがどんなふうにまがり、うねり、わたしたちをのみこもうとも、私たちの夢や願いは変わりません。それは、恋したい、愛されたい、そして、しあわせな結婚がしたい!ということです。その願いを、あなたがもしも本気になって叶えたいならば、目指すべきはキャリアウーマンではなく、あなたのなかの女らしさの復活です。」

 男性中心社会の価値観にNOをつきつけ、ネガティブなことから目を背け、乙女の審美眼に叶うものだけを周りに置く。本書によればそれらは全て、「男らしい」男性に愛される「女らしい」自分を取り戻すためなのです。日々、努力し、狩りを続ける男と自分を差異化し、男に必要とされるために、自分の中の「弱く、繊細で、傷つきやすい」乙女の魅力を大切にする。そして、グラタン皿のように主体性のない存在になることを受け入れ、シュークリームのようにがらんどうで甘ったるいロマンスを夢見る。そうすれば男性に愛されて、幸福な結婚をすることができる。……どうやらこれが、「プリンセス・バイブル」の基本の考え方のようです。

 もちろん「ありのままの男を受け入れてすべてを愛する」という昆布テクニックも、相手の欠点や不満を見ないようにする、一種の思考停止です。相手とわかりあいたい、相手に期待したいという気持ちを捨てて思考停止したら、自分がぼろぼろに傷つくことはありません。「ふんわりまろやか」というやわらかな言葉の陰には、傷つかないための予防線を張って、自分の居場所を得たいという、女の願望が潜んでいたのでした。

 しかし仮に、「ふんわりまろやか」な生き方を実践して、意中の人を手に入れることができたとしても、思考停止したままでは、結婚に付随してくるさまざまな問題に対処できるわけもない。夢から覚めたプリンセスが、「ふんわりまろやか」に絶望した後残るのは、実用性に欠けるかわいいパジャマやバラ色のチークだけ……なのかもしれません。
(早乙女ぐりこ)

最終更新:2013/01/12 16:00
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