[官能小説レビュー]

大人の女は童貞の夢を打ち砕く? 成長譚としての官能小説『彼女はいいなり』

2013/01/14 19:00
kanozyohaiinari.jpg
『彼女はいいなり』/角川書店

■今回の官能小説
『彼女はいいなり』サタミシュウ(角川書店)

 童貞喪失は早い方がカッコいい。思春期の性として、女性の処女喪失よりも、男性の童貞喪失の方が、より死活問題に関わる。もっと言うと、かっこいいよりも、早く「ヤリたい」という気持ちが強いのかもしれない。10代に突入した頃からオナニーを経験し、朝晩の歯磨きと並ぶ頻度でそれを繰り返している10代男子。だからこそ、セックスに対しての並々ならぬ希望と期待、そして憧れが強いはずだ。

 誰彼かまわず、とにかく早く体験したい。でもやっぱり、好きな女のコとしたい。女が想像している以上に、思春期の少年は繊細でロマンチスト、しかも端から見れば想像も付かないほどの高いプライド、その両方持っている。その反動で、大きなコンプレックスも抱えやすい……思春期の少年は、思春期少女以上に、複雑で厄介な生き物だ。

 今回ご紹介する『彼女はいいなり』(角川書店)の主人公・美樹も、ごく一般の男子高校生、思春期真っ只中の少年だ。“美樹”という女のコみたいな名前を付けた両親を恨めしがりながらも、ちゃんとガールフレンドの苑子もいる。

 苑子との放課後デートを繰り返し、彼女とのキスを毎晩想像する美樹。そして、「苑子とエッチがしたい」という願望は日に日に増していく。その気持ちを必死に制御し、自宅に戻ると自慰を繰り返しながら、静かにその時を待っていた。すべては、苑子を大事にしたいから。

 しかし、そんな美樹の一途な気持ちは、一瞬で打ち砕かれてしまう。ある日美樹は、苑子が所属する演劇部の後輩・仁藤の恋人である奈美江に強引に誘われ、カラオケボックスに連れて行かれる。「先輩がこの部屋開けて下さい」と促され、恐るおそるカラオケボックスの扉を開けると――そこには、仁藤の性器を握りしめている苑子の姿があった。意気消沈しつつも、仁藤との初めての逢瀬を、苑子から細かく聞き出す美樹。仁藤とどんな風にセックスしたのか、どう感じたのか――。話を聞き終え、トイレへ駈け込んだ美樹は、大量の精液を発射した。
 
 意気消沈している美樹の前に現れたのは、副担任の志保先生。女生徒からは“しほしほ”と愛称で呼ばれるくらいの人気者。地味だけれど愛らしい顔立ちをしている志保先生に、美樹は密かな憧れを抱いていた。ひょんなことから苑子の大失恋を打ち明けているうちに、志保先生の自宅に招かれることに。カラオケボックスでの苑子と仁藤の行為を打ち明けると、志保先生はその行為を再現するように服を脱ぎ、美樹に愛撫をし始める。そして美樹は、志保先生に導かれるままに、彼女の中で初めての射精をすることになる。

 童貞を喪失してからの美樹は、多くの男がそうであるように、志保先生とのセックスに溺れてゆく。まるで学校での授業のように志保先生に導かれ、愛撫から挿入までをレクチャーされる日々。志保先生との逢瀬には、いくつかの約束が決められていた。誰にもこのことは言わない、門限や両親の言いつけは必ず守る、テストの順位は決して落とさない。そして、いつやるかは志保先生が決め、美樹はそれに従うこと。

 「たったひとりの男性としか経験がない」という志保先生が伝授するセックスは、美樹が想像していた行為とはかけ離れていた。その行為をビデオカメラで撮影し、黒革の首輪を首にかけたり、道具を使ったり、志保先生の顔に唾を吐きかけたり。同年代の女子高生とはなし得ないセックスを体験することで、美樹は性急に経験値を身につけてゆく――。

 物語を読み進めてゆくと、タイトル『彼女はいいなり』の疑問が紐解かれる。美樹は志保先生のいいなりで、志保先生は彼氏である「男」のいいなり三重に重ねられた主従関係が複雑に絡み合っている。そしてそんな主従関係の果てに美樹が望んだのは、誰よりも服従している志保先生が、「男」のいいなりになっている場を見ること。目の前で繰り広げられる光景は、幼い自分に抱かれている時とは比較にならないくらい、悦びに悶えあえぐ志保先生の姿だった。

 本来であれば同年代の女のコ相手に童貞を喪失し、互いに探りあいながら性を開発していくはずだった美樹。しかし、「男」のいいなりに抱かれる志保先生を覗き見ることで、美樹は志保先生に抱いていた「女性像」が夢だと知ったのではないだろうか。夢を見させるだけでなく、その夢を打ち砕く、大人の女性とのセックス。歳を重ねても、いや、歳を重ねるほどに、経験できる機会は少なくなっていくはずだ。

 キスすらも二の足を踏むほど初心な少年が、急速に大人の女によって開発されて鼻を高くし、しかしそれを一瞬で折られてしまうというこの経験は、美樹の将来にどんな影響を与えるのだろうか。思春期の少年が頭の中で思い描く妄想ではなく、がむしゃらに身を持って「体験」した分、それは深く根付くのかもしれない。10代の経験は、痛々しければ痛々しいほど、少年を早く男にし、将来の恋愛とセックスに生きていくように思う。

最終更新:2013/01/14 19:00
『彼女はいいなり』
童貞メンタリティもすぐ捨ててほしいよね
アクセスランキング