メディア嫌いのセレブも陥落

“アメリカを動かす力”オプラ・ウィンフリーの名インタビュー集

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どっしりとした安定感がセレブに支持されるのかしら?

 今年8月末、リアーナが3年前に暴力を振るわれたクリス・ブラウンのことを「まだ愛している」「きっと生涯愛する」と告白し、ニュースとなった。これまでクリスへの愛を明言してこなかったリアーナから、この素直な気持ちを引き出したのは、アメリカが誇る名司会者オプラ・ウィンフリーである。

 オプラはローカルテレビ局のアンカー時代、気の利いたアドリブが高く評価され、トーク番組の司会者に抜擢。番組は全国ネット放送へと成長し、『オプラ・ウィンフリー・ショー』として25年間、アメリカ人に愛された。同番組で、オプラは旬の人たちにインタビューをしてきた。事件の渦中にある人、困っている人、活動家、政治家たち、数多くのセレブもプロモーションやイメージアップを狙って番組に出演している。今回はそんなオプラがインタビューしてきたセレブの中から、全世界で注目された「印象に残るオプラ・ウィンフリーのインタビュー・トップ5」を紹介する。

第5位 リッキー・マーティン(2011年11月2日放送)

 世界中にラテンブームを巻き起こしたラテンミュージックの大スター、リッキー・マーティン。ギリシャ彫刻のような肉体美に甘いマスクを持つ彼は、セックスシンボルとして多くの女性ファンを持っていたが、長年バイ/ゲイセクシュアルなのではというウワサが絶えなかった。偽ることに耐えられなくなったリッキーは2010年3月29日、公式サイトでゲイだとカミングアウト。その後沈黙を続けたが、8カ月後にオプラの番組に出演。オプラの巧みな話術により、「女性に性的魅力を感じ、彼女と一緒にいると完璧だと思ったことはある。でも、自分はバイセクシュアルではない。ゲイだ」と断言したり、「深い関係にある恋人はいる。かけがえのない人だ」と告白した。

 オプラは最初に、なぜ今、ゲイだとカミングアウトしたのかと質問。リッキーは「(代理母に産ませた)子どもたちに“どうやってウソをつくのか”を教えるような親にはなりたくなかった」と笑顔で述べ、「世間に向けてカミングアウトした瞬間、ボクは1人でスタジオにいたんだ。茫然としてたらマネジャーが入ってきて、その瞬間泣きじゃくってしまって。自由になったんだって思って」と語った。

 リッキーは続いて、「長年ゲイであることを隠し、自分を偽ってきたのは、保守的な環境に育ったから。男が男を愛するのは悪いことだと思い、苦しんだ」と告白。ここでオプラは、彼女と人気を二分するテレビ界の大御所バーバラ・ウォルターズが2000年にリッキーをインタビューした時のことについて、「ゲイであることをカミングアウトさせようと、猛アタックされたわよね」と聞く。リッキーは表情をゆがめ、「あの時はまだそのタイミングではなかった」と述べ、オプラはうんうんと理解を示し、リッキーの自伝『Me』の言葉を引用し、視聴者が本を読みたくなるようにリードしながら、彼の人生について深く掘り下げたトークを展開した。もちろん、「この本は自叙伝というだけでなく、とてもスピリチュアルな本よね」と絶賛することも忘れていなかった。

 リッキーは母親にゲイだと明かした瞬間を語った時、また、リッキーがゲイだと告白したことに勇気づけられたという人たちをショートビデオで紹介された時に、うるうると涙ぐみ、心を打つインタビューになったと大きな話題になった。

第4位 オバマ大統領&ミッシェル夫人(2011年5月2日放送)

 25年にわたり放送された『オプラ・ウィンフリー・ショー』に、夫人と共に出演した唯一の現役アメリカ大統領となったオバマ大統領。エピソードが放送される数時間前に、国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者の発見と殺害を発表したこともあり、オプラの番組は事前録画されていることがわかっていながらも、多くの人がチャンネルを合わせた。

 大統領夫妻は就任前に2度、オプラの番組に出演しており、個人的にも交流するなど親しい間柄にある。2008年の大統領選挙選でオバマが勝利したのはオプラのおかげである、と言われるほど、彼女は声を大にし彼をサポートしてきた。そんな彼女も“現役大統領”となったオバマは雲の上の存在と感じているようで、インタビューでは珍しく緊張していた。

 インタビューではまずオバマ大統領が、アメリカで生まれたことを証明する出生証明書を公開したことについて説明。「米国生まれの米国人であること」が大統領選立候補資格であるアメリカでは、オバマ大統領が本当にアメリカ生まれなのかを疑問視する声がしつこく上がっている。オバマ大統領はオプラの力を借り、この問題をクリアしたいかのように見受けられた。

 その後もオバマ大統領は政治のことについて少々回りくどい言葉で語ることが多く、オプラは観客が退屈しないように絶妙なタイミングでミッシェル夫人に話を振った。夫人はとてもわかりやすい言葉で、夫がどれだけ有能で、国のこと国民のことを考え尽くしているのかをアピール。鋭い眼力で「バラクはアメリカを変える能力がある。問題は、国民が変化についてこれるかよ」と語る姿は迫力満点だった。

 家族のこと夫婦関係についてもオプラは質問。サラリと聞いた「夫婦円満の秘訣は?」に2人はなぜか苦笑いをし、ミシェル夫人は「夫婦は山あり谷あり。いいことばかりではない。一目惚れは素晴らしいけれど、そんなもので苦しいときを乗り越えるこはできない」「どれだけお互いを好きで尊敬できるのかが、夫婦関係を維持するポイントだと思う」と淡々と語った。また、娘たちにホワイトハウスでも洗濯をさせるなど厳しく躾けていることも告白し、観客を驚かせた。

 毎日祈りを捧げるなど宗教的な面をアピールしたり、「誰もが努力すればアメリカンドリームを手に入れることができる、そんなアメリカに戻したい」と述べるなど、オプラの番組で主婦層に好印象を与えることに成功したオバマ大統領。最後に、オプラがどれほど素晴らしい人であるか、大統領になれたのは彼女のおかげだと感謝の言葉を述べていたのが、印象的であった。

第3位 トム・クルーズ(2005年5月23日放送)

 クールかつセクシーで、チャーミングな笑顔が世界中の女性たちに愛されてきたトム・クルーズ。感情を表に出すことがあまりなく、プライベートもあまり語らなかった彼だったが、2005年4月にケイティ・ホームズとの交際をスタートさせてからというもの一転。“何か変”と思いながら見守ってきた世間は、5月にオプラのインタビューに登場したトムを見て唖然とした。

 トムは、映画『宇宙戦争』のプロモーションのために出演したのだが、映画について語ったのはほんのわずかで、ケイティをどれだけ愛しているのかを終始表現。気持ちが高ぶり言葉が出てこないのか、片膝を床につけてひざまずいたり、ソファーの上に飛び上がりガッツポーズをとるなど、全身で喜びを表現していた。あまりにも落ち着きがないので、オプラは何度か彼の手を強く握り、動かないように制したほどだった。

 舞い上がりすぎて質問にもうまく答えられないトムだったが、オプラが上手にリード。「本当にイッちゃってるのね」「彼とは長年交流があるけど、こんなにイッちゃってる彼を見るのは初めて」とフォローし、「初めて恋をしたんだ」というバツ2とは思えぬトムの発言に対しても、「みんな学生の頃の初恋を覚えてる? 彼は今、その真っただ中なのよ」とこれまた上手にインタビューを進めた。トムが落ち着かないため内容的にはハチャメチャだったが、番組としてまとめられたのは聞き手がオプラだったからだろう。

 そんなオプラもグダグダのまま終わらせられないと思ったのか、最後に控室で待っていたケイティを引きずり出すようトムをけしかけ、トムは大喜びでケイティの両腕をつかみステージに連行。オプラがステージの上で2人にキスさせるなど、なにかと歴史に残るインタビューとなった。

第2位 ホイットニー・ヒューストン(2009年9月14日・15日の2日間に渡り特集)

 1992年にボビー・ブラウンと結婚してから、坂道を転げ落ちるように転落していった歌姫ホイットニー・ヒューストン。2002年に名司会者ダイアン・ソイヤーのインタビューを受けた時、コカイン疑惑についてしつこく聞かれて大激怒してからというもの、大のメディア嫌いになり、以来7年もの間、彼女はメディアから遠ざかった。

 そんな彼女がオプラの番組に、ニューアルバム『I look to you』のプロモーションを兼ねて登場。緊張した面持ちのホイットニーだったが、オプラが「最初に会った瞬間から、私はあなたのことを“声”と呼ばせてもらっているけれど」と言った瞬間、うっとりとした表情になり、「素晴らしい言葉だわ。そうよね、あなたが一番最初にそう言ってくれたのよね」言い、堰を切ったように、これまでのアップダウンを語りだした。

 絶頂の時に作り上げられたイメージに縛られ、自分自身になれないことに激しい憤りを感じていたこと、イメージから抜け出したいと思ったことを明かしたホイットニーに、オプラは間髪入れず、「ボビー・ブラウンが抜け出させてくれたの?」と質問。ホイットニーは、「そうね。彼と一緒にいると自分自身になれたわ」とにっこり回答。「情熱的でクレイジーで汗かきっぱなしだったわ」「彼とは3年間交際してから結婚したのよ」「これまで自分をコントロールしっぱなしだったから、彼にコントロールされるとホッとしたの」と赤裸々に述べた。映画『ボディガード』の後にハード・ドラッグをやるようになったことも認めさせ、「あなたがチョイスしたドラッグは……」と誘導。「大麻とコカインを混ぜたものね」と彼女自身に言わせた。

 寛大な雰囲気のオプラに安心したのか、ホイットニーはボビーが薬をキメ暴れたこと、彼から顔につばを吐かれたこと、母親が救いに来たこと、親族を巻き込みボビーから逃げ出したこと、娘はボビーの別居をなかなか理解できず荒れたことなどなど、私生活ををさらけ出した。ドン引きするような壮絶な内容だったが、「ホイットニーは復帰したわけではなく、回復している最中」だとオプラが説明したこともあり、世間は温かい目でホイットニーを見守るように。後にオプラは「このインタビューは、私が行ったインタビューの中で最も成功を収めたものだと言っても過言ではない」と回想し、話題となった。

第1位 マイケル・ジャクソン(1993年2月10日放送)

 オプラ・ウィンフリーの名を世界に広めることになったのが、インタビュー嫌いなことで有名なマイケル・ジャクソンが登場した回だった。タブロイドが流すデマにウンザリしたマイケルが、「この人が聞き手なら受ける」と決断したのがオプラであり、マイケルが出演した14年ぶりのインタビューとなった。

 インタビューはカリフォルニアにあるマイケルの邸宅/遊園地のネバーランドで行われた。オプラは、繊細なマイケルを気遣うように、「チンパンジーが家中飛び跳ねている」「若返りするため酸素タンクの中で寝ている」ことなど、タブロイドが書いたウワサを一つひとつあげ、「これらはウソなのね?」と質問。マイケルは「全部ウソだよ」と苦笑いしながら言い、白人になるために皮膚を漂白しているというウワサには、「私はアフリカン・アメリカ人だ。そのことを誇りに思うし、変えたいとも思わない。クレイジーだ」とマイケルは声を荒げ、父方からの遺伝性の病気なのだと声を大にした。また、マイケルは10代の頃ニキビ顔を父親から「醜い」と言われ傷付いたこと、叩かれるなどの虐待を受けていたことも告白。「父のことは愛している」「許している」としながらもつらそうな表情を浮かべるのを、カメラはバッチリと捉えた。

 オプラはまた、「デートしている?」と直球で質問。マイケルははにかみながら「イエス」と言い、その相手がブルック・シールズであることを明かした。なお、「童貞なの?」という問いには恥ずかしそうに「自分はジェントルマンだから」と答え、いつか結婚し子どもが欲しいが、今は音楽と結婚しているから無理だとも述べた。ここで、マイケルのことを「キング・オブ・ポップ」と一番最初に言った大親友のエリザベス・テイラーが登場。彼女はマイケルをサポートするため出演したのだが、インタビュー嫌いな彼女がテレビに登場することもとてもレアであり、オプラの力量を誰もが認めざるを得なかった。

 その後も、マイケルはオプラにリクエストされるがままに生ダンスを踊ったり、素晴らしいアカペラを披露。最後はマイケルもオプラに心を許したようで、微笑ましいエンディングとなった。マイケルは2009年6月25日に他界したが、その後、オプラはこのインタビューの秘話を交えた特番を放送。こちらも高視聴率となった。

 相手の心の動きを瞬時に捉え、気持ちをシンクロさせながら、視聴者が知りたいことを聞き出し伝えてくれれるオプラ。好感度の高いインタビューに仕上げてくれるため、問題を起こしたセレブが彼女の番組に出演することでイメージアップを図るケースも多い。

 なお、『オプラ・ウィンフリー・ショー』は昨年終了したが、オプラは休むことなく、自身が立ち上げた放送局OWNの『Oprah’s Next Chapter』などでインタビューを続けている。今後、彼女のインタビューからどのようなスクープが飛び出すのか、楽しみだ。

えみちゃんは、もっと他人の話聞いて!

しぃちゃん

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