『ここは退屈迎えに来て』特別対談 山内マリコ×中條寿子

「東京は希望」「東京には何もない」山内マリコ×中條寿子の女子と地方


『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)

 山内マリコ氏の処女小説『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)が、地方生まれの女子の大きな共感を呼んでいる。全8章の主人公たちは、いずれも地方出身か在住者。生まれ育った田舎を肯定することができず、「ここではないどこか」を求めて悶え苦しむなか、エスケープの最大手段として、大都会へ出て行くことに憧れと希望を抱いている。
 
 ドン・キホーテやジャスコ、ファミレスが国道沿いに立ち並ぶ、どこの田舎にもある“ファスト風土”。その中で生活が完結し、地元の仲間と結婚し出産する。主人公たちが嫌悪するこの生活は、果たして、本当に絶望の地なのか――? 2005年から、地方都市のキャバ嬢たちにスポットを当て続けてきた、雑誌「小悪魔ageha」(インフォレスト)の元編集長・中條寿子氏と、山内マリコ氏が対談する。

――中條さん、山内さんの本を読んで、いかがでしたか?

中條寿子氏(以下、中條) すっごく、面白くて、一気に読み終えました。私は東京育ちだから、東京に焦がれる気持ちはわからなかったけど、同じ女として、4話目の「君がどこにも行けないのは車持ってないから」に一番共感しましたね。

山内マリコ氏(以下、山内) ありがとうございます! あの話は私の中にある、うす~いギャル要素を精いっぱい拡大させて書きました(笑)。

中條 女子の種類を問わず、女の人生って、あの物語に書かれているような痛みと“悟り”の繰り返しなんだと思う。そして、全話に唯一共通して登場する男・椎名の存在も、裏テーマとして効いていました。すっごくイケててキラキラしていた憧れの男子も、学校を卒業し、年を重ねると、田舎町の風景に埋もれた、パッとしないおじさんになってしまう。切なくなりました。

山内 本を読んだ後、みんな自分の“椎名”が今何をしているのか、語りたくなるみたいです(笑)。

中條 “椎名”は、大抵、地元にいません? 中高の頃イケてた男子ってのは、大人になるとさえないものなのかな……。“ちやほやされてた俺”のまま、進化しようとしないのかも。私の“椎名”が、地元で居酒屋の店員やってるって知った時は、一瞬「あっ」って思いましたし。

山内 じゃあ、“椎名”が何の職業に就いていたら満足なのか、って考えると、そんなもの、この世にない気がしますね。芸能人になったらなったで、地元ではオモチャにされる。

中條 確かに。でも「実家の米屋を継いだ」っていう“椎名”なら、私はカッコイイと思う!

山内 あ、それ賛成です!

――東京で生まれ育った中條さん、富山育ちで25歳で上京された山内さん。年齢は、中條さんが2歳上の同世代ですが、成長した環境はまったく対照的ですよね。それぞれ、どんな女子高生でしたか?

中條 私は毎日のように渋谷のセンター街をルーズソックスはいて練り歩く、絵に描いたようなコギャルでした。「制服着てセンター街歩けるのは、今だけだな」、とか「17歳になったら、もうコンビニの前に座るのは卒業しよう」とか、「18歳になったら、キャバ嬢になろう」とか、「JJ」(光文社)を読んで平子理沙さんやシャネルのバッグに憧れてたんだけど、「果たして19歳になったら、どうなんだろう?」とか。そういうこと考えていた(笑)。

山内 自分の年齢に対して、すごく自覚的なんですね。私も放課後は友達と街に繰り出してプリクラ撮ったりしてましたが、あとはひたすら映画ばっかり見てました。レンタルビデオ屋に通ったり、衛星放送とかWOWOWに加入してたので、めっちゃチェックして録画してました。で、ビデオ屋に併設の本屋さんで、本を物色する。

――山内さんは、90年代後半のコギャルブームをどのように見てました?

山内 うちの田舎の高校にも、かなり薄まったコギャル文化は伝わってきてました。女子高生ヒエラルキーのトップだったと思います。

中條 でも当時から相変わらず、モテのヒエラルキーのトップは、清楚系とか青文字系でしたけどね。特にここ2~3年でAKB48がはやってからは、ギャルはモテの最底辺。清楚系はヤンキーにもモテるけど、ギャルはヤンキーとホストにしか相手にされない。

山内 そっか……。それでも、あくまでギャルのスタイルを貫く?

中條 単純にカワイイと思ってたし、私たちの上の世代の、飯島愛さんとか、ジュリアナ最盛期に憧れてたから。私がやってた時代の「小悪魔ageha」のコンセプトでもあるんだけど、別にモテなくてよかったしね。

山内 すげぇ! カッコいい(笑)

――本の中にも、雑誌で見るリセエンヌ(パリの女学生)や映画に憧れる主人公が登場します。山内さんのリアルな実感を元に書かれたのですか?

山内 そうですね。若い頃は、雑誌や映画に対する憧れは強かったです。ただ、地方と東京の対比に関しては、“東京への憧れ”にこだわって書いたわけじゃなくて、今の地方の女の子の暮らしぶりや、そこに収まりきらない気持ちを書こうとした時に、どうしても東京を登場させざるを得なくて。

中條 女の子のことテーマに書こう、作ろうとすると、どうしても東京っていうキーワードは付きまとってきますよね。

――東京主体のメディアが多い中、中條さんは「小悪魔ageha」で地方のキャバ嬢にもスポットを当てていました。何か理由があったんですか?

中條 最初は、地方をフィーチャーしたら、東京より反響があって、よく売れたのがきっかけです。でも、雑誌を作るようになってから、気付きましたよね。東京には逆に何もないって。ギャル服は渋谷の109でしか買えなかったのに、ここ10年で地方にお店が増えて、今は、地元の駅ビルに109と同じショップがいくらでも入ってる。六本木や歌舞伎町よりも、相模大野とか厚木あたりの地方のキャバ嬢の方が、本当にはやっているものを持っていてリアル。雑誌モデルを血眼で探した時も、新宿や六本木にはいないのに、地方のジャスコ(現・イオン)に行くと、すごくカワイイ娘がジャージ着て普通に歩いていたし。

山内 そのカワイイ娘は、きっと中学時代にヒエラルキーの上にいた娘ですね(笑)。

中條 ギャルとかヤンキーの文化って、必ず地域に根差して生まれるんだと思います。自分たちが生まれ育った場所にあり、世界のすべてでもある「学校」において、ヒエラルキーの上の方にいる人たちが作り出す文化にフィーチャーするのが、雑誌の正しい姿勢。ヤンキー雑誌「ティーンズロード」(ミリオン出版)はもともと地方から始まった雑誌で、ギャル文化に大きな影響を与えた「egg」(大洋図書)は、東京とはいえ完全に渋谷っていう「地域」発でした。

――年明けに、「egg」創刊に携わっていたフォトグラファーの米原康正氏にインタビューした時、いま注目しているのは、地元のバツイチ・ヤンキーの女の子ばかりがジャージを着て出てくる姐ギャル雑誌「SOUL SISTER」(ミリオン出版)だとおっしゃっていました。

中條 「SOUL SISTER」は完全に正しい世界。「egg」は渋谷に引っ張られすぎてしまったけど、「SOUL SISTER」でちゃんと“地方”に戻してきた。都会で商業的に作られた流行じゃなく、地に足のついたストリートの旬を載せている。

山内 それが私にはよくわからないんです。「SOUL SISTER」の世界が。あのセンスなり趣味に染まれないと、地元では、はみ出し者になってしまうのかも。高校卒業して地元に残った人って、ギャル要素のある子が多い気がするんですよね。田舎の中学はヤンキーがヒエラルキーの頂点だから、カワイイ子がヤンキーになり、高校でそのままギャルにスライドするんですけど、その子たちは地元に友達も彼氏もいて充実してる。結婚も早いし。つまり都会に出て行く理由がない。

中條 じゃあ、大都会に出て行くのは?

山内 私もなんですけど、地元で輝けなかった、ヒエラルキーの下の方の人たちでしょうか(笑)。しっくりくる居場所やコミュニティに属せなかったので、都会に行けばそれが見つかるかもって期待して、高校卒業まで我慢してる。

中條 じゃあ、地元に残ったギャルじゃない人たちは、何をしてるんでしょう?

山内 まさにそこが、小説で書きたいところでした。もし自分が地元に戻ったらとか、地元に居続けたらどんな感じかなぁと考えながら書いた感じです。ギャルではない地方都市の普通の女の子にとって、東京ってやっぱり今も、出口だし、ある種の救いとして機能している場所なんだと思います。

後編につづく

東京から地元に戻ったライター、都会に出てから自分の人生が始まると思っている大学生、16歳でセックスをすると決めている高校生など、地方都市に生まれた女の子たちの姿を描く8つの物語。

しぃちゃん

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