[連載]海外ドラマの向こうガワ

経済疲弊とタブー過多が起因? アメリカの懐古ドラマブーム

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『PAN AM/パンナム』(東宝)

――海外生活20年以上、見てきたドラマは数知れず。そんな本物の海外ドラマジャンキーが新旧さまざまな作品のディティールから文化論をひきずり出す!

 アメリカでは5年ほど前からノスタルジックなテレビドラマが静かなブームとなっている。きっかけは2007年にスタートした、1960年代のニューヨークの広告業界を描いた『マッドメン』。とりわけ業界から大絶賛され、4年連続エミー賞を獲得した。『マッドメン』が視聴者に受けたのは、景気がよく、ケネディ大統領が活躍するなど若く躍動的な力がみなぎっている時代が舞台だからだと言われている。また、地上波に比べ規制が緩いケーブルテレビ専門チャネルで放送されたことにより、かつては普通だった現代のタブーをサラリと描いたことも「リアル」だと視聴者に受けたのだろう。人種差別や男尊女卑、妊婦がタバコを吸ったり、夫が妻にDVやモラハラまがいのことをするなど、「そのまんま60年代」を舞台にしたドラマを見て、人々は「半世紀でここまで変わったのか」と驚き、惹かれたのである。

 2010年にはアメリカ最大手ケーブルテレビのHBOが、1920年代の禁酒法時代を舞台にした『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街』の放送を開始した。この番組は、巨匠マーティン・スコセッシを監督に迎え、一大歓楽街だったアトランティック・シティを牛耳った実在する政治家の半生をモデルに、壮絶で華麗、そしてダークな展開になっている。アメリカが未曾有の繁栄を成し遂げた20年代が舞台とあり、不景気に悩まされているアメリカ人視聴者は「過去のよき日々」に心をときめかせた。こちらも視聴者と業界の両方から高く評価されている。

 実はこれまでにも、ノスタルジックなテレビ番組は大ヒットしてきた。70年代に国民的番組と言われた『ハッピーデイズ』は1950年代の学生たちをコミカルに描いた作品、80年代にこれまた国民的番組と言われた『素晴らしき日々』は60年代後半から70年代前半の世界が舞台だった。1998~2006年まで放送されていたアシュトン・カッチャーの出世作『ザット’70sショー』も70年代が舞台の作品。ただ、この3作品は、コメディであり、シリアスな内容のノスタルジック・ドラマは『マッドマン』が誕生するまでメジャーではなかったのである。

 『マッドメン』『ボードウォーク・エンパイア』が成功を収め、ノスタルジック・ドラマがウケると知った地上波ネットワークは2011年秋、中年層の心をくすぐるようなノスタルジック・ドラマを2作、放送開始した。1つは、60年代に男性誌「PLAYBOY」とタイアップした高級クラブが舞台の『The Playboy Club』。こちらは「地上波で放送、セクシーすぎる」と批難が殺到し、たったの3話で放送が打ち切られてしまった。もう1つは、オンエアされる前から世界中で話題となり、放送が始まるとそのカラフルで明るい雰囲気に誰もが魅了されたドラマ。アメリカのフラッグ・キャリア(国を代表する航空会社)であったパンアメリカン航空の全盛期である60年代初期を舞台にした『PAN AM/パンナム』である。

■時代の狭間を生きるキャラクターの魅力

 『PAN AM/パンナム』の主人公は、ステレオタイプにはまらない4人のスチュワーデスと2人のコックピットクルー。物語は、ボーイング707型機のニューヨーク発ロンドン着便の初飛行という歴史的な日からスタートする。新人スチュワーデスのローラは夢と希望に胸を膨らませるが、婚約者を捨て両親から逃げ、極秘でこの仕事に就いていた。ローラが頼りにしている姉ケイトは3カ国語を操る才女でCIAの運び屋、うっかりパパラッチされた妹が雑誌の表紙を飾ったことに嫉妬しつつも、何かと世話を焼く。フランス出身のコレットは乗客と恋人になり浮かれているが、彼には妻子がいることが発覚。この日クルーに割り当てられていたブリジットが行方不明になったことから急きょ呼び出されたマギーは、キャリアウーマン意識が高い女性。機長はとても若いディーンでブリジットに夢中、軽いノリの副機長テッドは軍で働いていた経験を持ち、おちゃらけた性格とは裏腹にトラウマ的な過去を持つ。この6人は1つのチームとして世界各国を飛び回り、歴史的瞬間に立ち会いながら少しずつ成長していく。

 広大なアメリカでは、飛行機は庶民の足である。多くの人が「機内サービスなんていらないから、とにかく安く、オンタイムで飛んでくれればよい」と考えている。航空会社も顧客のニーズに応え「過度なサービスは減らし、ミールやドリンクも有料にし、席数を増やす」という方針をとっているところが多い。安いに越したことがないものの「あまりにもサービスが味気なくなった」と感じる乗客も少なくない。そんな人、ドラマで繰り広げられる「最上級の豪華な乗り物」としての飛行機はまぶしく見えるに違いない。

 国民のたった10%しか飛行機に乗ったことがないという60年代初めのパンアメリカン航空機内の内装は、まるでプライベートジェット機内のように高級感が漂い、温かく美味しい料理が提供され、カクテルやビールはもちろん無料、規制もなかったのでタバコも吸えた。乗客もTシャツにサンダル姿ではなく、正装して飛行に乗っていた。中年以上の視聴者はノスタルジックな気分に浸り、航空大量輸送時代しか知らぬ若い視聴者が旅心を刺激され、作品に夢中になっていったのである。

 当時、客室乗務員ではなくスチュワーデスと呼ばれていたこの仕事は、選ばれた女性しか就くことができない特別な仕事だった。しかし上流階級には見下された仕事であり、特に大卒女性が就くような仕事でないとも見られていた。数カ国語を操り、美しく、スタイルもよく、鮮やかなブルーの制服がとても似合うバービー人形のようなスチュワーデスたちは、この頃は頻繁に映画スターや人気歌手と交際していたそうだが、乗客からいやらしい目で見られ「高い運賃には、お触り代も含まれてるんだろう」とセクハラされることも少なくなかったという。

 セクハラに非常に敏感なイメージが強いアメリカの会社だが、男尊女卑が強かった60年代初期のパンアメリカン航空では、スチュワーデスの外見を厳しく管理していた。毎回フライト前に体重を量られ、指定されたガードルを履いているかチェックされる。また、結婚したら退職しなければならないという、今では信じられないような言葉も登場人物たちの会話の中に登場する。メインキャラクターの中には「結婚せず、ずっと自立していたい」という思いを持つウーマン・リブの先駆け的な者もおり、時代の変わり目に彼女たちが生きていることが感じられるのだ。

 有名誌の表紙を飾るほどチヤホヤされていたスチュワーデスだが、つらく嫌な思いもしてきたことが作品では赤裸々に描かれている。それもそのはず、この番組の原案者は元パンアメリカン航空のスチュワーデス。時代の最先端をいく憧れの職業であっても、裏では山ほどの葛藤に悩む姿が描かれているので、親近感を抱かずにはいられなくなるのだ。なお、これらの葛藤はサラッと描かれているため悲壮感は漂っていない。それもこの作品の良い点であろう。

 全体的にコミカルなシーンが多いと思いきや、スチュワーデスがCIAの手下となり動くスリルあふれるシーンや、軍で働いていた副操縦士の悲惨すぎる回想シーン、歴史的な事件なども登場する。随所にスパイスがふりかけられているため、軽いドラマなのに目を離すことができない。いつの間にか引き込まれてしまうのは、製作総指揮者、脚本家らがベテラン揃いで、視聴者のツボを知り尽くしているからだろう。演じている役者のクオリティーが高いとも評価されており、中でも個性的な役を演じさせたら右に出る者はいないと言われているクリスティーナ・リッチの演技はピカイチ。彼女が演じるマギーのとがった生き方は、思わず応援したくなってしまう。

 評論家からの支持も得ていた本作品だが、視聴率は芳しくなく、残念なことにシーズン1で放送終了となってしまった。その後、ウェブで続く可能性もあるともウワサされたが、製作費がかかりすぎるため実現することはなかった。しかし、ワンシーズンだけでも十分に楽しめるし、DVDで一気に見られるからよいという意見も少なくない。疲れたとき、心が折れそうなときにこのドラマを見ると、不思議と励まされ元気が出てくることだろう。アメリカの栄光の象徴だったパンアメリカン航空の全盛期を描いた『PAN AM/パンナム』は、疲弊したアメリカ人に夢を与えてくれるドラマなのである。

堀川 樹里(ほりかわ・じゅり)
6歳で『空飛ぶ鉄腕美女ワンダーウーマン』にハマった筋金入りの海外ドラマ・ジャンキー。現在、フリーランスライターとして海外ドラマを中心に海外エンターテイメントに関する記事を公式サイトや雑誌等で執筆、翻訳。海外在住歴20年以上、豪州→中東→東南アジア→米国を経て現在台湾在住。

タブーは実は勝手に作られるものだったりするしね

しぃちゃん

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