[官能小説レビュー]

奔放な性の物語で、“不自由の中の自由”を浮き彫りにした『ダブル・ファンタジー』


『ダブル・ファンタジー』(村山由佳、文藝春秋)

■今回の官能小説
『ダブル・ファンタジー』(村山由佳、文藝春秋)

 女にとって幸せな人生とは、いかに快適で平和な巣作りができるかに尽きるのではないだろうか。巣作りの第一ステップは、もちろん結婚。それまでの生活を捨てて、パートナーと暮らす安心感の代わりに、不自由さが生まれる。それまではすべて自己責任でどうにでもなった物事が、パートナーの意見も取り入れ、2人で決めなければならない。そんな不自由さの上で成立する幸せこそが結婚であり、女の幸せだが、パートナー選びでコケると瞬時に逆転し、窮屈な生活にしかならない。けれど日々の生活を積み重ねていくうちに、苦痛にすら麻痺してしまい、苦痛を苦痛と感じられなくなってしまうことは、そう珍しいケースではないはずだ。

 『ダブル・ファンタジー』の主人公・奈津が自らの日常をつらいと感じたのは、とある人物の存在がきっかけだったのかもしれない。売れっ子脚本家の奈津にとって神のような存在である舞台演出家の志澤。何気ないメールのやりとりをしながら、志澤は奈津の心に潜む苦痛を紐解いて行く。

 それは、都内から離れた一軒家で主夫として奈津の仕事を支えるパートナーの省吾との関係。奈津の仕事を支えるため仕事を辞め、畑を耕し新鮮な野菜を育て、彼女の脚本の最初の読者となり、作品に関与する省吾。24時間彼に見張られた生活、省吾がベッドで発した言葉の一つひとつが、じわじわと奈津の首を絞めつづけていたのだ。志澤に抱かれ、彼のセックスにどっぷりとハマってしまった奈津は、夫に触れられることすら拒絶するようになる。そして奈津は、志澤の助言に従い、省吾のもとを離れる決意をする。

 自由の身となった奈津は、主に志澤、岩井、大林という3人の男たちを渡り歩きながら、自らの性と向き合ってゆく。昔から漠然と抱えていた、自分自身の強い官能と対峙する旅。やがて奈津は、母親に抑圧されていた幼い頃の気持ちを、夫からも感じていたことに気付く。

 あらゆる男と寝ても、奈津が求めるセックスは一貫している。それは、相手と心を通じ合わせ、感じることができるセックス。女性にとってはとても理想的なセックスだが、果たしてそんな幸せなセックスを体験できる相手は人生のうちに何人巡り会えるだろう? 奈津は、主要の3人の男性以外とも一夜を共にしているのだが、通過点でしかないような彼らも、しつこいくらいに人物描写がされている。その分、相手の男性と心が通わなかった奈津が、とても悲しい。

 男と女は、セックスに対して向いている方向がまったく異なる。だからすれ違い、うまくいかない。志澤に惚れまくった奈津はほんの数回抱かれただけで志澤にそっぽを向かれ、セフレ同盟を掲げた岩井にはしつこくされる。男女のセックス感はなかなかぴたりと合致しない。

 何の制限もない自由な世界で思い切り羽を伸ばし、己の官能と対峙する奈津。母や夫から縛られず、無制限の中に産まれた自由は、果たして本当に“自由”なのだろうか? もしかしたら、制限の中にある自由こそが、真の自由なのかもしれない。ラストシーンの奈津は、その答えを潔く導いてくれている。

結婚生活をたまに見直すと、本当に真綿で首絞められてるよね

しぃちゃん



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