「タレント本という名の経典」

“技を技と思わせない”愛され力で、スーパー女子アナの座を射止めた高島彩

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『聞く 笑う、ツナグ。』(小学館)

――タレント本。それは教祖というべきタレントと信者(=ファン)をつな“”経典”。その中にはどんな教えが書かれ、ファンは何に心酔していくのか。そこから、現代の縮図が見えてくる……。

 オリコンの「好きな女子アナ」で5回連続1位を達成して殿堂入り、可憐なルックスと「愛されオーラ」に確かなアナウンス技術とMC力、フジテレビ・アナウンス部内の評価は「20年に一度の逸材」、あの千原ジュニアをして「ただの天才」と言わしめたスーパー女子アナ・高島彩。その初の著書となるのがこの『聞く 笑う、ツナグ。』だ。「繋ぐ」をカタカナで表記してしまうあたりの「ゆず風味」がいきなりツンと鼻をつくが、読みながら、その徹頭徹尾の「愛され力」に驚嘆する。ツッコミの余地がないのだ。魑魅魍魎が跋扈する女子アナ界において、彼女が相当なキレ者であり、策士であることは疑いのない事実だが、昨年末、32歳でフジテレビを寿退社するまで、老若男女、業界の内外を問わず不動の評価と人気を獲得し続けたのは、やはり彼女がきちんと「愛される」ための努力を続けてきた結果だということがわかる。

「私は今も、初めて会う人にも、いつもお世話になっている人にも、アイコンタクトをして、笑顔で、はっきりと挨拶することを心がけています」
「私のアナウンサーとしての役割は、出過ぎず、引き過ぎず、その場、空間の、幸せの総量を高めることだと思っています」
「(童話『北風と太陽』を引用して、自分は「太陽でありたい」としながら)強烈に存在を伝えることも、ときには大切です。そういう強さも必要かもしれません。それでも私は、照らし続けていたら『そういえばここ、暖かいね』と気づかれるような方法で伝えるほうが、自分には向いていると思っています」

 アナウンサーとしての分をわきまえる。自らの立ち位置を含めた「現場」を俯瞰で見て、空気を把握する。スタッフ・共演者への心配りを忘れない……なんだこの全部100点の回答。かといって「優等生ぶってんじゃねーよ」という反感も読者に抱かせない。大学時代、アナウンサー体験講座で実力のなさをこてんぱんに思い知らされ、それ以後「やる気」に火がついたという回想や、落ち込んだときには雨が降るのを待って車に乗り、車をたたく雨音を聴いて心を落ち着けるというエピソードなど、「不完全で弱い自分」要素も絶妙に盛り込み、共感を抱かせる(構成となっている)。

 思えば女子アナなんて「北風タイプ」ばかりじゃないか。同じフジテレビの平井理央に生野陽子、TBSで言うなら青木裕子に田中みな実。「私を見て! ねえ、かわいいでしょ? ねえ!!」とばかりに、「自己顕示」という名の北風をビュービュー吹かせている連中ばかりじゃないか。フットボールアワー 後藤流に言うなら「風強すぎてアナウンス原稿吹き飛ぶわ!」だ。こういう“自己顕示モンスター”たちと並べてみると、やはり高島彩は別格だと言わざるを得ない。「私を見て!」と言う前に、おのずと周りが「見てしまう」存在というか。たとえそれが練りに練られた彼女の策略であり、究極の自己顕示なのだとしても、高島彩のそれは、まるで武道を極めた者のみが持ちうる「速すぎて見えない」「技を技と思わせない」武術のように洗練されている。ちなみに筆者としては、真の太陽タイプはテレ東の大江麻理子アナだと思うわけだが。

 しかし、かくいう高島彩も、入社当初は秋元康プロデュースのもとCDデビューしたりしていたわけで、充分「北風」やってたんじゃないのか? という話なのだが、本書のなかでは「アイドル女子アナと思われるのが嫌だった」と当時を振り返っている。テレビでの自分の扱われ方に疑問を抱き、1年先輩の千野志麻(チノパン)に相談したという。

「『あんなことをやらされて、つらいです』と、つい、本音を言ったときのことです。『嫌なら最初に言わないとね』。千野さんは『スタッフのことを考えなさい』と教えてくれたのです」

 チノパン、意外にすげえ。

 イチ押し新人女子アナの登竜門である深夜番組のタイトルに由来し、代々続く「○○パン」という呼び名。スターターの「チノパン」は服のチノパンに掛けているので仕方ないとして、それ以降の「パン」が問題だ。当時「“アヤパン”?……彩“パンパン(売女)”?」と連想した人も少なくないのではないだろうか。事実、高島彩の登場以降、フジテレビはあからさまに女子アナを男性視聴者の性の道具として差し出してきた。確信犯的にチョコバナナ、フランクフルト、巻き寿司など棒状の食べ物を女子アナにくわえさせた。そして、この会社ぐるみのセクハラを最初に甘受したのも高島彩だった。チノパンに説教されて覚醒したアヤパンは、求められることには全力で取り組むよう改心したのだという。だから巻き寿司も全力でくわえた。

「求められることには全力で」。これこそが高島彩の真髄であり、人気の秘密ではないだろうか。それを裏付けるかのような、高校時代の逸話が、1996年の雑誌『POPEYE』に掲載されている。「美少女女子高生」として誌面に登場した高島について、当時交際中だった彼氏が、彼女の「忠誠心」を評価してこのようにコメントしている。

「フットワークは矢吹丈クラス、末脚の鋭さはトウカイテイオーばりで、10年に1人の逸材っスよー」(原文ママ)

 アナウンサーとして「20年に一度の逸材」と評される以前に、パシリとして「10年に1人の逸材」と評されていたアヤパン。しかも彼氏に。とにかくまあ、なんというか……尽くすタイプらしい。

 本書にも、夫となったゆずの北川悠仁から5年以上も結婚のお預けを喰らいながらも、忠犬のごとく待ち続けたエピソードが綴られている。さらには、宗教法人の教祖である北川の母から結婚への反対や激しい干渉に遭いながらも、根気強く説得を続け、教義の理解に努め、懐柔へと導いたというのだから恐れ入る。

 ビジネス誌『GOETHE(ゲーテ)』(幻冬舎)のインタビューで、高島彩は自分をこう評している。

「私はちょっと秘書気質もあるのかもしれません(笑)」

 昔パシリ、今秘書、か。

 ともあれ、史上最強女子アナ・高島彩は、フリーランスになった今後も、持ち前のパシリ魂と「技を技と思わせない」巧妙な人心掌握術で、華麗に世渡りしていくに違いない。嫁姑バトルもなんのその、スイスイ乗りこなしていくだろう。巷間取り沙汰される「次期教祖狙い」というのも、まんざら嘘ではないのかもしれない。今は秀吉よろしく草履を懐で温めながら、信長(義母)の首を虎視眈々と狙っているやもしれない。高島彩は、それぐらいの器だ。
(佃野デボラ/タンブリング・ダイス)

『聞く 笑う、ツナグ。』

絶対使ったことないのに、ビオレのCM出る厚顔ぶり=愛され力

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