[官能小説レビュー]

「ヤリたいだけの女」を高らかに宣言した、岩井志麻子の『チャイ・コイ』

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『チャイ・コイ』(中公文庫)

■今回の官能小説
『チャイ・コイ』岩井志麻子

 男はセックスに意味を持たせたがる。たとえば知り合って間もない女から突然ベッドに誘われれば「俺のこと好きなんじゃないか?」とか「失恋したばかりか?」と、余計な勘ぐりをする。セックスで女の愛や人生に付箋を付けたつもりでいるなら、おこがましい。男が感じるように、女だって「このオトコとヤリたい!」と感じるときがあるのだ。

 岩井志麻子の自伝とも言われている『チャイ・コイ』は、ひとり旅で訪れたベトナムを舞台に、若い現地の男とアラフォー作家との物語が描かれている。

 ひょんなことから恋人を日本に置いて、ベトナムへひとり旅をすることになった主人公の「私」。ガイドブックに載る高級ベトナム料理店で、黒服に身を包んだ「愛人」と出会う。ベトナムの男性にしては背が高く、切れ長の目元と通った鼻筋を持つ「愛人」は、気品すら感じさせるほどに憂いていた。一目捕えた瞬間「私」は彼に激しく欲情し、その溢れる想いから、密かに彼のことを「愛人」と呼ぶ。

 滞在中の2晩、「愛人」が働く店へ通い詰め、次々に運ばれて来る料理を口に運びながら、忙しなく働く「愛人」を目で追ううちに、ますます彼への性欲は確固たるものになる。

 ベトナムでの最後の夜、日本に残した恋人からの国際電話で、「愛人」との出会いを嬉々として語り、不機嫌な恋人の声を聴きながら、愛人のまだ見ぬ性器のかたちを思い出そうとする「私」。シャワーを浴び、すこしたるみ始めた体を撫でながら、「愛人」とのセックスを想像して昇りつめる。

 帰国当日、彼女のテーブルを担当したのは「愛人」だった。普段吸わない煙草をくわえると、彼は行儀よく火を点け、シャンパンで濡れた指をナフキンで拭き取ってくれる。けれど、別れの抱懐もできないまま、彼女は深夜の飛行機に乗り、愛人が住むベトナムを後にしなければならなかった。

 帰国後、担当編集者である年下の恋人に乱暴に抱かれながら、「私」はサイゴン川に浮かぶ船の警笛と「愛人」の影を思い浮かべる。そしてひと月後、彼女は再びひとりでベトナムを訪問する。「愛人」とセックスするために。

 ひと月振りに「愛人」が働くレストランに訪れ、彼にメモを渡した。ホテルの前に来い、と。

 外国人向けの高級ホテルにバイクで現れた「愛人」。「私」は愛人を部屋に招き入れ、「愛人」と体を重ねる。ぎこちない英語で囁かれ、たどたどしい愛撫と腰つきで「愛人」に抱かれる。それは、彼女の溢れんばかりの性欲を満足させるにはほど遠い単調なセックス。けれど「私」は愛人と肌を重ねているだけで強い快感を感じ、何度も頂点を迎えるのだ。

 単調で儀式的なセックスしか知らない「愛人」を導くように彼の体を愛し、貪る「私」。ある日、ふたりは太陽の下でデートをする。「愛人」の行きつけの店で麺を啜り、猥雑した道を散歩する。そして夜、ホテルのカーテンの隙間からサイゴン川を眺めて「愛人」に突かれ、陰部が繋がる淫猥な音と鳴き声を重ねる。「愛人」は、淋しそうだった。そして彼女も。まるで互いの果肉を貪りあうような、濃密で単純で、刹那的なベトナムの日々。

 ヤリたいだけの男とは対極にいる、ヤリたいだけの女。その根底にあるのは、自分自身でしか理由付けできないくらいの複雑な物語がある。そんな屁理屈を一蹴し、堂々と「ヤリたい」と宣言してくれる、圧倒的な表現力。

 女だって、愛だの恋だのの建前抜きで、どうしようもなくメスが疼くときがある。誰もが口を噤んでしまう「ヤリたい」女の気持ちを、岩井志麻子は爽快に代弁してくれている。

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