[官能小説レビュー]

“モラルを超えた行為”からにじみでるエロスを描いた『ホテル・アイリス』

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『ホテル・アイリス』(幻冬舎文庫)

■今回の官能小説
小川洋子『ホテル・アイリス』

 モラルとセックスは決して正比例するわけではない。たとえば倫理的に外れた関係性だとしても、互いに至高な快楽が得られたとすれば、モラルなんて基準に置くことができないのではないだろうか?

 独特な世界観を持つ芥川賞作家・小川洋子さんの『ホテル・アイリス』は、彼女のファンからすれば異例の作品かもしれない。ヨーロッパのおとぎ話のような小川ワールドをベースに、人間としての究極のエロティシズムを追求した物語だ。

 主人公のマリは17歳の少女で、学校には通わずに母が経営している「ホテル・アイリス」の手伝いをしている。父が他界した家庭において、母の意見は絶対。マリは毎朝母にきつく髪を結われ、一日じゅう母に叱咤されている。また、マリが唯一家族以外に日々会話を交わす”おばさん”は、マリの持ち物を盗む癖があり、おちおち大事なものを置いておくことすらできない。安らぎの場が見つけられないまま、マリは毎日をやり過ごしていた。

 ある日、ホテル・アイリスで事件が起きた。夜中に起きた商売女と老人のもめごと。「黙れ、売女」。ヒステリックに叫ぶ商売女も、近隣の客のぼやきも沈めるような、思慮深い響きをたたえた老人の声。マリは、その声に惹かれた。

 偶然、老人を街で見かけたマリは、彼のあとを付いて行く。遊覧船に乗り、街から孤立した島に住み、ロシア語の翻訳をしているという老人。マリと老人は、手紙を介して再会し、いつしか、”愛”を育む関係になる。

 老人は、マリを全裸にし、両手両足の自由を奪い、マリを支配する。今朝、母に結ってもらった髪を掴まれ、ディナーの夜を想像しながら選んだワンピースを「脱ぎなさい」と命令され、暴力的な愛撫を受け入れつつも、マリは次第に現実から老人との異世界へと逃避してゆく。

 遊覧船を行き来しながら、現実と空想を行き来するマリ。母親にうそをつき、必死に作っていた老人との蜜月に、ある日、第三者が介入する。病気のために舌を切除してしまった、老人の甥だ。声を失ってしまった甥は、メモにペンを走らせて会話をする。舌のない甥のためだけにあつらえた食事を用意し、花を飾る。虐げられ、汚い言葉で罵らせている自分とは真逆に、優しく丁寧に扱われている甥に対して、マリは強く嫉妬した。そしてある日、ひとり町の浜で絵を描いている甥をアイリスの空き部屋に誘う。そしてふたりの間に、決して口外せぬ重要な秘密を共有した。

 マリのポケットに入れていた、甥との会話を見つけた老人は、遊覧船が欠航になるほどの嵐の夜、一晩中、彼らなりの愛し方で互いを貪りあった。歪みながらもたっぷりの愛情を注いでいた母が愛したマリの髪をハサミで切り落とし、熱いシャワーの下で抱き合う。外の世界から切り取られた孤島の一室で、彼らはひたすら異次元を貪りあう。

 老人の住む「F島」と、マリの住む町。それらを行き来する遊覧船。それはたぶん、現実と空想をつなぐ象徴ではないだろうか。

 多くの疑問を提示したまま、わがままにぷつりと終えてしまうこの作品。現実を逃避してしまうくらい、互いを求め合った老人とマリ。ふたりの間にあるのは、究極の愛ではないだろうか。

『ホテル・アイリス』

地中海に行きたくなる感じです。

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