石川敏男の芸能デスクレポート

「孫が生まれたら歌舞伎の世界へ」市川猿之助がこぼしていた言葉

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『フリック 完全版』(ケイエスエス)

 「浜(木綿子・75)さん、ありがとう。恩讐の彼方に」と、来年6月、新橋演舞場で行われる『初代市川猿翁 三代目市川段四郎 五十回忌追善興行』の記者会見で、市川猿之助(71)は言った。猿之助の長男で俳優の香川照之(45)が市川中車を継ぎ、香川の長男・政明くん(7)も團子を名乗り、猿之助の従弟・亀冶郎(35)が猿之助、猿之助も猿翁に。4人同時に襲名という晴れやかな舞台での話だ。

 しかし、これで本当に良かったのだろうか。不倫を乗り越えて交際していた猿之助と故藤間紫さん(享年85)は、猿之助が60歳になったときに16歳年上の紫さんを嫁にした。一代で「猿之助」という名前を一枚看板の役者に育ててくれた紫さんへの感謝の気持ちだった。深い信頼関係で繋がり、夫婦というよりも”師匠と弟子”、”尊敬しあえる男女”という関係だった。2003年に脳梗塞で倒れた猿之助を、紫さんは息子のように看病していた。しかし、紫さんが亡くなってしまった09年3月以降は事態が大きく変わってしまう。

 生前に「あの子危ないからね。そばに置いちゃダメよ」と、紫さんが口を酸っぱく言っていた博多の女性が、紫と猿之助がふたりで作り上げた会社「おもだか」に入り込んできたのだ。これがややこしくなる始めだ。猿之助さんの周囲に身を置き、猿之助さんの介護を始める。誰も口にしないが、その女性の出現で猿之助が大きく変わっていくことになる。

 猿之助と香川照之の仲に修復の影が見られるようになったのは約20年前の話。香川は、役者になることを反対する母・浜に内緒で猿之助の楽屋を訪ねた。「あんたは息子じゃない」と、拒否する猿之助に「何、馬鹿なこと言ってるの。あんたの息子よ」と、仲を取り持ったのが紫さんだったのだ。猿之助の不倫・離婚で会うことのなかった息子・香川との再会だ。ふたりは、長く暮らしていなかった時間を埋めようと努力もした。「孫が生まれたら歌舞伎の世界に入れたい」という話もあった。しかし、猿之助が脳梗塞という病になってしまい、2年半前には紫が亡くなってしまう。

 しかし、ここからが博多の女性の独壇場だ。稽古場にも顔を出し、猿之助に耳打ちする姿も良く見られるようになった。猿之助の弟子たちが、存在が邪魔だという態度を見せると猿之助が烈火のごとく怒り出したこともあった。人気芸人・椿鬼奴似の女性は、猿之助と香川家に入り共に生活する日々が始まる。香川の歌舞伎入りへ大きく貢献している。紫や紫の弟子に対するあてつけだ。「45年ぶりの再会」「歌舞伎への思い入れ」などの言葉が並んだが、実は、復讐の始まりなのだ。

 香川の歌舞伎役者も見てみたいし團子の初舞台も見たい。何も心配はないが、幼少時に初舞台を踏んできた歌舞伎役者らとの関係は? 香川の妻の突然の梨園入りは? 苦労は多そうではある。

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