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オートレーサー・森且行、12年目の告白 「まだ1番じゃない。負けるわけにいかない」

──1996年、森且行は突如として芸能界を引退し”爆音”の世界に消えていった。以来、12年の月日が経った。オートレーサーとして一流の称号をつかんだ彼の現在の心境はいかに? ”オートレーサー・森且行”をプロデビュー前から追い続けてきたノンフィクション作家が、34歳になった男の本音に迫る。
(当特集は2008年5月号掲載のものを再構成・編集したものです)

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(写真/田中まこと)

 森且行がオートレースの世界に身を投じてから、12年が過ぎた。

 時折、取材先で知り合う20歳ぐらいの女の子に「あのグループに木村、中居、草彅、香取、稲垣のほか、もう1人いたって知ってる?」と聞くことがある。すると彼女たちはすぐに「知ってます」と答える。その返事を聞くと、僕は少しうれしくなる。当時。人気絶頂だったアイドルグループを脱退してまで、自分の夢に賭けた1人の男の存在を、世間はまだ忘れないでいる。

 しかし、彼が挑んだ世界について、本当に知っている人間は少ない。それは、ひとたび落車すれば、コンクリートのバンクの上に叩きつけられ、ゴロゴロと転がるしかない世界である。森は何度となく落車し、再起不能かと思われるほどの傷を負ったこともある。

「絶対に一番になる」と若者らしく強気に宣言し、トップアイドルの座を捨ててまで入ったオートレースの世界で、森は12年を過ごした。現行ランクは最高位のS級、全国464人の選手中。51位である(08年度前期)。一流ではあるが、超一流の壁は越えていない。 彼のレースにかける「熱」は、まだ持続しているのだろうか。

──僕は森さんが養成所にいた時から拝見していたんで、あれから12年が経ちました。先日のレースも優勝されましたよね(3月3日パートナーカップ/川口オートレース場)。まず、今の自分の現状っていうのはどういうふうに考えていますか?

 実は、ここ3年間くらいずっと調子悪かったんです。タイヤの規格が変わったりして、なかなか順応できなくて、あきらめかけていた部分があった。3年間のうち、くすぶった1年目で「ヤバいな」と感じて、2年目は「自分はもう選手として無理なのかな?」ていう意識になった。でも、結果が出ない期間も、整備(オートレースでは、競走車のエンジン調整などのセッティングを選手自らが行う)の勉強はいろいろやっていたんですよ。

──04年には、SGレース(スーパーグレードレースー最高位に格付けされたレース)に優出して、「自分と超一流の違いは整備力の違い」ってコメントをしていましたよね。

 不調の時代が過ぎて、やっと昨年ぐらいから少しずつ調子が上向きになってきた。ところが、まだ勝てない自分かいる。整備をここまで詰めていって、なんで勝てないのかってよく考えたら、3年間負け続けてきたせいで、精神面がめちゃくちゃ弱くなってるんですよ。

──マイナス思考になってる。

 昔なら普通に追い抜けた人が前を走っていても、「抜けないんじゃないか?」とあきらめがすぐ出ちゃう。そういう弱気になっている部分を周囲の人間にいろいろ指摘されました。そこで、やっぱり精神面も大事なんだなと気づいて、「負けたくない」つていう気持ちを養成所の頃のように取り戻した。それでやっと今年になって優勝できました。

──そういう意味でいうと、着実に進歩しているわけですね。整備力がついてきたら、次はこれだっていう課題に取り組める。

 問題は年ですよね。若さにはかなわない(笑)。僕の気持ちがいくら強くても、若手選手のほうがもっと気持ちが強い。

──(笑)。そもそも整備の勉強をやらなきやいけないと思い始めたきっかけは?

 乗り方のテクニックだけじゃダメだと思ったんです。それまでは、整備で変わるっていうのが、わからなかった。今までオヤジ(師匠の広瀬登喜夫氏・元オートレース選手/「オートの神様」と呼ばれる人物)に教わった整備だけをやってきてたんだけど、それにも限界がある。だから、オヤジの整備を元に広げていこうと思った。いろんな人に整備方法を教えてもらい。自分の中に取り込んでいったんです。ほんと八方美人になって(笑)。

──片平(巧/オートレース界屈指の名選手)さんは、20代のときにキブロワイトさん(英国のオートバイメーカー・トライアンフのチューナー)という、オートレースの世界とはまったく違う技術体系を持った人と出会い、彼から整備を学んで速くなりましたよね。

 そう。だから周囲から見ると「森はいろんなとこに顔出して」っていう見方をされていたと思う。あと、鈴鹿8耐に関わって、メカニックの人からも、いろいろ教えてもらったのも大きかった(05年、オートレースチームーハルクプロの監督として参戦)。

──勉強になりました?

 整備の方向性がまったく違うから、すごく勉強になった。自分の整備は、幅がせまかったことに気づきました。

──着実に一回り成長したということですね。でも、現実に成長してくっていうのは大変なことですよね。

 ほんと、難しい。オートレーサーになってみて、今、後悔はまったくありません。今でも大好きだもん、レースするのが。どれだけ調子が悪くても、あきらめかけていても、レースは好き。振り返ってみると、オートの世界に入る直前は「すぐ頂点に立つ」とかデカいこと言っちゃって、なんか恥ずかしいですね(笑)。でも、頂点に立つことは、いまだにあきらめてないですよ。

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