[連載]海外ドラマの向こうガワ

中毒者で不倫、だけど聖女? 医療ドラマの異端児『ナース・ジャッキー』

2011/08/15 12:00
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『ナース・ジャッキー』(イーネ
ット・フロンティア)

 ここ数年、視聴者離れが進み、番組制作費などの大幅カットが続いている米テレビ界。とはいえ、ひとたび当たれば世界中に輸出され、長年に渡り儲けることができるため、どの局・プロダクションも、これまで以上に力を入れ「確実に視聴率がとれる番組」を制作しようと必死になっている。

 刑事ドラマ、SFドラマ、青春ドラマなど、数多くあるドラマのジャンルの中で、視聴者から高い人気を誇るのは、今も昔も医療ドラマだ。『M*A*S*H』『シカゴ・ホープ』『ER 緊急救命室』『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』『Dr.HOUSE』など、ヒットすれば5年以上続くロングランとなり、ドラマの主人公であるドクターは国民的ヒーローとなる。さまざまな人間模様を描く医療ドラマで大きくコケることは少ないため、これまで数多くの作品が制作されてきた。

 しかし近年は医療ドラマが乱立し、これまでとは異なる角度からアプローチしなければ視聴率が取り辛くなってきてしまった。そこで目をつけられたのが看護士だ。アメリカではこれまで看護士が主人公のドラマはあまり放送されてこなかったのだ。

 90年代前半に放送された『Nurses』は人気が高かったが、完全なコメディーであり現実的な医療ドラマからは程遠いものだった。医師が主人公の人気医療ドラマの中でも、看護士の仕事ぶりを正確に描いたものはほとんどないと言われている。米ニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した看護士いわく、「看護士は、患者と一番長く接し、患者とその家族を精神的にサポートする存在。入院中、担当医の顔を見るのは日に数分だけど、看護士はその何十倍の時間顔を合わせ、無駄話だってする」「多くの医療ドラマでは、この看護士の役目を医師がやっている。ドラマの中の看護士は、小間使いで、性的対象、または医師になりたいけどなれなかった、というタイプばかり」。

 そんな看護士たちの声も届いたのか、2年前から看護士を主人公にしたリアルな医療ドラマが次々と制作・放送スタートされた。そのトップバッターをきったのが『ナース・ジャッキー』である。主人公ジャッキーは、ニューヨーク市内の病院で働く救急医療のプロ看護士。新米医師よりも知識があり、必要ならば医師に対して提言・苦言・叱咤もする。患者の気持ちを一番に考え、慈悲深い愛に満ちた天使のような看護士でもある。しかし、裏では、患者のためとはいえ独自の基準に沿った法に反する正義を振りかざし、週80時間の激務に耐えるため鎮痛剤に依存する中毒者。鎮痛剤を融通してくれる薬剤師と院内浮気までしている。弱みを見せたくないからなのか、はたまた公私をきっぱりと分けたいからなのか、同僚には結婚し2児の母親であることは秘密にしている。

 同作を放送している米Showtimeは、生活のためにマリファナを売るシングルマザーが主人公の『Weeds ~ママの秘密』、法の裁きを受けない凶悪犯罪者を次々と殺していく警察の血痕鑑識官が主人公の『デクスター ~警察官は殺人鬼』を放送しているチャンネル。良い人が悪いことをし、そのことについて決して後悔はしない、ギルトフリーな秘密をテーマとしたドラマを十八番としている局である。まるでダーティーハリーが40代の女性看護士になったような主人公のドラマ『ナース・ジャッキー』を放送するのに、これ以上ふさわしい局はないといえよう。

 主役のイーディ・ファルコはマフィア・ドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』で極道の妻カーメラ役を演じていた。カーメラは、ジャッキーとは正反対のキャラクター。キャリアもなく、浮気されまくられ、それでも常に夫の安否を気にかける、不満と不安で悶々とした中年女性で、イーディはこれが当たり役となった。そのカーメラが懺悔をしていた教会の神父役を演じていたポール・シュルツは『ナース・ジャッキー』ではジャッキーの浮気相手に扮している。ジャッキーの親友で何が何でもピンヒールを履くグラマラスな独身主義女医は、ドラマの中で浮いた存在だが、番組の製作総指揮者は『Sex and the City』も手がけていたジョン・メルフィだと聞けば何となく納得がいく。ゲイの看護士に、トム・クルーズのような動きを見せる新米医師を登場させるのもジョンならでは。このように『ナース・ジャッキー』は海外ドラマ好きなマニアを喜ばせるツボを抑えた作品でもあるのだ。

 『ナース・ジャッキー』の舞台である、オール・セインツ・ホスピタルは架空の病院。カソリック系の病院でキリスト像が飾れており、教会もある。これまでの医療ドラマでは、患者の家族や医師が、患者の回復を祈るために院内の教会を訪れるシーンが多かったが、このドラマではジャッキーが一日の終わりに疲れ果てた心を休める場所として利用することが多い。といっても、長いすに横たわり同僚と会話するだけであり、神に懺悔するわけではない。決して後悔などしない都会に生きる現代女性のプライドと強さを垣間見せてくれる、『ナース・ジャッキー』はそんな作品でもある。

 ダークでコミカルなヒューマン医療ドラマとして、人気を集めた『ナース・ジャッキー』だが、実はニューヨーク州看護士組合からは「看護士のイメージダウンになる」と抗議されている。鎮痛剤依存者であり、職場で不倫セックスし、看護理論はめちゃくちゃで、腹が立つと相手が子供であろうと汚い言葉を吐く。そんな看護士と一緒だと思われてはたまらない、というのだ。

 だが、その反面、多くの看護士たちはFacebookなどで「『ナース・ジャッキー』は、これまでで一番リアルに看護士の心情を描いている」と高く評価している。そして、なんと「ジャッキーをリハビリに送ろう!」というページまで設立。ここまでするのも、ジャッキーに深く共感できる部分があるからなのだろう。

 印象に残るナースといえば、『ER』のキャロル・ハサウェイやアビー・ロックハート(ドラマ内では後に医師になる)くらいだったアメリカの医療ドラマ界に、旋風を巻き起こしたリアルなナース、ジャッキー・ペイトン。天使と悪魔の心を持つ主人公の魅力を、ぜひ存分に楽しんでほしい。

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最終更新:2011/08/15 12:00
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