[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第22回

憎悪、孤独、絡みあう感情から生み出る『昭和元禄落語心中』の中毒性

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『昭和元禄落語心中』(講談社)

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
雲田はるこ
『昭和元禄落語心中』1巻
講談社 590円

 「昭和元禄」とは戦後の高度経済成長期を指します。経済的な豊かさが新しい文化を生み、古きよき伝統は忘れ去られようとしていた時代。そんな昭和40~50年代を舞台に落語の世界を描くのが、雲田はるこ先生の意欲作『昭和元禄落語心中』です。わたしが思う現時点での今年のベスト。一見まったく「女子」的ではない本作ですが、まあちょっとぜひお読みいただきたいのですよ。

 かつてヤクザであった与太郎は、刑務所の慰問落語会で見た「昭和最後の大名人」有楽亭八雲の芸に一目惚れし、出所してすぐ弟子入りを志願しに行きます。身寄りがないにもかかわらず、やたらめったら前向きな与太郎を面白く思ったのか、八雲は「弟子は一生取らない」というポリシーを撤回して弟子入りを許可。独身の八雲、天涯孤独の与太郎、そして今は亡き八雲の盟友で「希代の天才」と謳われた名人・助六の娘であり、事故で親を失ってからは八雲に育てられてきた小夏。肉親のない3人の奇妙な共同生活が始まります。

 この3人の掛け合いがこのマンガ最大の魅力でありましょう。それこそ名人の落語のように展開される、リズミカルなセリフと鮮やかなコマ割り。本作はまず何よりも家族の喪失と再構築の物語であります。空白を埋めるかのようにぶつかり、語り合い、芸を磨く3人。与太郎の無邪気、小夏の八雲に対する憎悪、八雲の孤独……そのさまざまな感情が絡み合って、無限のドラマが生み出されて行きます。

 たとえば小夏は、父・助六が八雲に殺されたものと信じ込んでいます。だから小夏の八雲に対する憎悪は、(擬似)親子の葛藤というよりも敵対関係、もしくは父・助六を介した三角関係だとも読めます。そしてその三角関係は、2人によって助六の姿を重ね合わされる与太郎において、また引き継がれて行くことでしょう。八雲は小夏に向かって言います。「技術もねェし顔カタチも全然違う/一度っきりの気のせいかもしれない/けど あの寄席の空気みたいなもんが助六と同じだった/お前さんだって思ったろう?/アタシもなんであんなの拾っちまったのかと思ってたけど/同しような野郎に引っかかるよう神様に作られちまった」。

 「女になんか生まれたくなかった」という小夏。「アタシもね いっそ女に生まれたら こんなに楽なこたねぇなって……」という八雲。いちばんの下っ端でありながら、小夏からは亡き父の姿を重ねられ、八雲からは時に恋人のように扱われる与太郎。キャラクターは両義性を帯び、その関係性は一筋縄では行きません。しかしそれゆえに本作はスリリング。彼と彼女はもしかしたら愛し合うかもしれない。彼と彼はもしかしたら憎み合うかもしれない。物語はどちらへも振れ得るし、変わり得ます。人と人との関係性からこんなにも豊かなドラマを生み出した本作は、すぐれて女子マンガ的であると言えます。

 雲田はるこ先生はBL出身です。ああ、またもやBLから素晴らしいマンガ家が登場しました。その才能は、たとえばP.102から始まる八雲と小夏が対峙するシークエンスをご覧いただければ、即座にご諒解いただけることでしょう。2人の怒りと悲しみ、そして最中に突如演じられる八雲のすばらしい芸。浮かんでは消えるいくつもの感情が心地良いスピード感とともに、強く鮮やかに描き出されます。

 つい読まされてしまうことの快楽と、続きを読みたいと切に願ってしまう中毒性。パッと見やや渋めではありますが、本作は非常なマンガ的快楽に満ちた、完璧なエンタテインメント作品になる可能性があります。はたして与太郎は落語家として大成できるのか? 小夏の憎しみの行方は? そして20年前、八雲と助六との間に何があったのか? さまざまなスリルとサスペンスを孕みつつ、2巻「八雲と助六篇」へ。どうぞお見逃しなく!

小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。

『昭和元禄落語心中(1)

八雲の色気に飲み込まれそう!

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