『紫式部の欲望』刊行記念インタビュー

「ブスを笑いたい」「乱暴にせまられたい」、酒井順子が女の欲望を読み解く

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「古典を読むと、人間の変わらなさにビックリする」
と話す酒井順子さん

 「ブスを笑いたい」「モテ男を不幸にしたい」「秘密をばらしたい」。これらはすべて、エッセイスト・酒井順子さんが『源氏物語』に見い出した作者・紫式部の欲望。酒井さんは、『源氏物語』は作者自身の欲望を思い切り吐き出すために書いた物語ではないかと考え、長大な物語を細かに分析、『紫式部の欲望』(集英社)という一冊の書に著した。それらの欲望は、現代に生きる女性のそれとどう似通い、どう異なるのか。酒井さんに女の欲望と自意識について伺った。

――醜女である末摘花の容赦ない描写を分析した「ブスを笑いたい」、専業主婦タイプの花散里への妬みとも憧れともつかぬ感情を浮き彫りにした「専業主婦になりたい」、ババアの源典侍や田舎者の近江の君への意地悪な描写を指摘した「いじめたい」など、本書を読むと、紫式部が身近に感じますね。

酒井順子氏(以下、酒井) 1,000年前の人というと、”同じ人間”という感覚を持ちにくいものですが、当時の人が書いたものを読むと、現代女性と気持ちの面で共通することが多いことにびっくりします。1,000年前の人とも気持ちが通じ合うという発見が、古典を読む一番の楽しみです。紫式部は清少納言と比べると内にこもるタイプですが、『紫式部日記』では清少納言の悪口を歯に衣着せず書いています。

――清少納言を「教養をひけらかしている」と言いつつ、自分も「源氏物語」を記して教養をアピールしてますね。

酒井 自分も「自慢したい」と思っているから、他人の自慢がカチンとくるんでしょうね。他人の嫌な部分と自分の嫌な部分は、呼応し合うものです。ほかに、嫉妬深い六条御息所に託された「嫉妬したい」、光源氏の好みの女に育てられた紫の上に託された「プロデュースされたい」などの欲望も、現代の女性にもありそうですし、私自身の欲望でもあります。特に平安時代の女性は宮仕えをして働いていたわけで、今のキャリアウーマンに通じるところは多いと思いますよ。

――本書では「専業主婦なりたい」という願望についても書かれていて、1,000年も前から女性はこういうことを思っていたのかと驚きました。

酒井 「紫式部日記」の中に、「男たちが家路を急ぐけれど、どれほどの女性が待っているのだろうか」という記述があるのです。紫式部は早くに夫を亡くしてしまい、図らずも宮仕えをする立場だったので、専業主婦に対する複雑な思いもあったんじゃないかと思います。

――女性の欲望は時代を経てもあまり変わらないということでしょうか。

酒井 基本的には変わらないものだと思います。「源氏物語」が書かれてから約1000年も経っているのだから、「嫉妬しなくなる方法」「心を制御する方法」があれば、開発されていてもいいと思うんです。でもいまだそんな方法は発見されていない。だからこそ、文学作品は古びないのでしょう。

――恋愛においては、「乱暴に迫られたい」という欲望が書かれています。もちろん、これは誰でもいいわけではなく、光源氏のように自分が好ましいと思っている相手に限られるわけですが、この欲望も現代女性が持ちそうですね。いまどきの男性は、いわゆる「草食化」していると言われています。女たちの欲望はどうなるんでしょうか。

酒井 逆に今の若者に聞いてみたいですね。「源氏物語」に当てはめるなら、今30代の男性は薫っぽい。やさしいけど手出しはしない、という意味で。光源氏はバブル世代ですね。権力も自信もあって強引。女性が男性をうまく操るべきという意見は昔からありますが、今はバブル期よりももっと繊細に考えてあげないと、会社を辞めちゃったり、泣き出しちゃったり、鬱になったりしてしまいますよね。女性にとってはより面倒な状況にあると思います。

■女が持つ自意識、酒井順子の自意識

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――女性は男性への接し方も気を使わなきゃいけない上に、自分の生き方も一生懸命考えなければいけない。紫式部も貴族男性や他の女房たちの中でうまく立ち回ろうと苦労していたようですが、私たち現代女性も自意識を強く持って生き方を模索しています。この自意識は今後どうなるのでしょうか。

酒井 年齢によって変わってくるものではないでしょうか。若いころは自意識過剰気味でも、だんだん年をとり社会経験を積むうちに図々しく、開き直るようにもなってくる。経験値も関係すると思います。

――SNSなどコミュニケーションツールも発達し、ツイッターの自己紹介欄なんか自意識のかたまりです。

酒井 どこまで出すかで自意識のありようが見えますね。まったく出さない人の方が自意識過剰の気がします。いずれにせよ、私にとってネット社会の感覚は怖い。昔は素朴でよかったと思いますよ。私はツイッターやフェイスブックなどのサービスはほとんど使っていません。エッセイで言いたいことは言ってしまっているので、つぶやきたいことが特にないというか……。

――「これは言っておかなきゃ」ということは、すべてエッセイに書いているということですか。

酒井 「言わなきゃ」というよりは、自分の中にたまったものを出すことが気持ちいいという感覚で書いています。だから、「書くことによって世の中を良くしたい」とか「みんなに知らせたい」とか、そういう感覚とはちょっと違うんです。共感も別にされなくていい。共感していただけれるのであれば、それはたまたまの結果だと受け止めています。

――自分の名前を検索することはありますか。

酒井 ありません。そもそもネットを見ないので(笑)。もう「どう見られてもいいや」という気持ちです。特に40歳を過ぎてからは、だんだんそうなりました。

――それは、「オバちゃんになるとどう見られても構わなくなる」ということと関連はありますか。

酒井 あると思います。40歳を過ぎると自分の立ち位置が決まってくるので、ものすごく上に行きたいといった不毛な欲求はなくなってくるんです。そうすると諦めるしかない。いったん諦めると楽になります。その状態がオバちゃんになっていくことではないかと。

―― 一方で「美魔女」として奮闘している40代、50代が登場し、活躍しています。

酒井 ずっと現役でいなきゃいけないのは大変ですよね。身ぎれいにしていることはいくつになっても重要だと思いますけど、「私ってどう見られてるのかしら」「あの人、私のこと好きかしら」と延々と思わなくていいというのは楽なことだと思いますよ。

――美への欲望をかきたてる女性誌もあれば、一方で妬み嫉みなどのマイナスな欲望は捨てて「自分らしく生きる」ことを説く女性誌もあります。女性は欲望と自意識でがんじがらめになっている感じがします。

酒井 嫉妬などの感情が「ない」という人もいますが、それはたぶん嘘。「私はそういうものは克服してます」という有名人が出てきて語ったりしている女性誌を見ると、「それに比べて私は……」と落ち込みますが、もしマイナスの感情がまったくないという人がいたら、それはかなりのレアケース。女性誌が女性にもたらす罪悪は大きい。一方、女性誌とは反対のことが『源氏物語』には書いてあります。六条御息所を見れば「こんな人もいたんだ」と、楽になれるんじゃないでしょうか。欲望は持ってて当たり前。恥ずかしいことではないと思います。

――では、「ブスを笑いたい」と思っててもいいんですね(笑)。

酒井 しません」と思い込んでいる人ほうが、ふとしたときにひどいことを言ったりするんですよ。自分の欲望を分かった上で飼いならして、マナーとして「ブスを笑っちゃいけない」と思ってる方がいいんじゃないでしょうか。自分をありのままで見ることはとても苦しいことなんですけど、一度ちゃんと見ると楽になるものです。
(インタビューー・文=安楽由紀子、写真=梅木麗子)

酒井順子(さかい・じゅんこ)
1966年9月、東京都生まれ。立教大学卒業後、広告会社を経て執筆活動に入る。2004年に『負け犬の遠吠え』で、婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞を受賞。『おばさん未満』(集英社)、『ほのエロ記』(角川書店)など、著書多数。

『紫式部の欲望』

“自分の中の紫式部”が疼きます

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