[連載]マンガ・日本メイ作劇場第10回

『Theチェリー・プロジェクト』に見る、スポ根マンガ+恋愛の限界

2011/05/29 17:00
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『Theチェリー・プロジェクト』(武
内直子、講談社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてきぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史に燦然と輝く「迷」作を、紐解いていきます。

 当たり前のことだけど、少女マンガと少年マンガではだいぶ物語の成り立ちが違う。例えば、少年マンガが大好きなスポ根を例に取ってみよう。仲間と練習して、たまにケンカして、絆を深めて、ライバルが現れて、激闘して、負けたり勝ったりして、単行本の1~2巻分を1試合に平気で費やすのが、少年マンガのスポ根だ。もー全編汗まみれ。

 では少女マンガのスポ根はどんなものか、『Theチェリー・プロジェクト』(武内直子、講談社)で見てみよう。飛鳥ちえりは、フィギュアスケーターだった父親を持つ素人娘である。しかし彼女のたぐい稀なるフィギュアの才能を見つけたイケメン3人組は、とあるプロジェクトを遂行するために、ちえりの通う中学校へ編入してくる。それが「チェリー(ちえり)プロジェクト」である。

 そのうちの1人、続正紀(つづきまさのり)は、ちえりがひそかにあこがれていた元ジュニアチャンピオンなのだった。要は彼とちえりがペアを組むまでのイチャコラが話のメイン。それにしても、ちえりだから「チェリー」って……。イケメンじゃなかったら、間違いなくイジメに遭いそうなネーミングセンスだ。

 ちえりは、大してマジメにスケートをやってるわけでもないのに、3回転だの4回転だのバックフリップ(後方宙返り)だのを跳び、学園祭では練習もしてないのにいきなりスロージャンプ(ペアのパートナーに放り投げてもらって回る技)をやっている。そう、このちえりちゃん、練習もしてない大技を本番でずばずばやってみせる少女なのである。確かにすごい才能だ。

 そして、全日本の出場資格を取るためのバッジテストを受けることになった。ここでも少女マンガ頻出の素晴らしい展開が待っている。立て続けにテストを受け続け、最後の6級まで来たちえり。しかしこの最後のテストで、足のケガの痛みと焦りで、演技がめちゃくちゃになってしまう。そこでちえりは起死回生のバックフリップを跳んでみる。しかしこれは規定で禁止されており、大きく減点されて「基準のレベルに達していない」と言われてしまうのだ。そんな……! このテストに受からなければ、大会に出られないのに……!

 ところが審査員が「経験などを考慮し、技術的にはじゅうぶん」と判断してくれ、無事に合格するのだ。だったらいったいなんのためのテストやら。いや~、私も、いつもテストで実力を発揮できないから、経験を考慮してもらって英検1級くらい特別にもらいたいなあ。

 つまり少女マンガのスポ根、女子がスポーツをやる理由は、男にちやほやされるから! 程度の話なんである。

 こういうのを読んで育った女は、緊張感のない人生を送るに違いない。だって努力しなくたって、きっと本番で成功すると思ってるし、万が一失敗したって、みんなが寄ってたかって大目に見てくれると思い込んでるんでしょう。

 それにしても、フィギュアスケートの花形は、少なくとも日本ではシングルだ。なのになぜか少女マンガ界ではペアの話でもちきり。どいつもこいつも、男女でイチャイチャ滑りたがる。『愛のアランフェス』(槇村さとる、集英社)も『白のファルーカ』(槇村さとる、集英社)も『アイスフォレスト』(さいとうちほ、小学館)も『キス&ネバークライ』(小川彌生、講談社)も、どれもこれも、トップスケーターがカップル滑りを目指すのだ(後半二つはアイスダンスだけど)。スポ根といえども、恋愛要素を盛り込まないといけない少女マンガのこと、どうしても1人で滑らせるわけにはいかないらしい。

 こうして数々のスケートマンガが描かれてきたわけだが、近年、日本のフィギュアスケートが世界レベルになっている理由のひとつは、間違いなく少女マンガが熱心にフィギュアを取り上げてきたからだろう。そしてフィギュアマンガの名作たちは、いつまでも選手のバイブルとなっているに違いない。

 ……で、このマンガはどうかと考えてみる。大して練習をしてこなかったちえりは、突然現れたイケメンたち(しかもスゲー金持ち)にちやほやされながら練習をして、障害といえばキャンティとかいう色っぽい年下女がライバルだけど、どちらかといえば恋のライバルという感じだし、イケメンたちは中学生のくせにちえりの指導に失敗した、とか偉そうなこと言ってるし、いったいどこら辺が現実に起こりそうかなと思うと、んーと、どこ??

 これを読んで「スケートやりたい!」と思う子どもはいるとしても、選手となった後にも心の支えとして大事に読み続ける人がいるかというと……どうなのかなあ。リアルはそんなに甘くないしなあ。

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■メイ作判定
迷作:名作=10:0

和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。少女向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。

『Theチェリー・プロジェクト』

『セーラームーン』以前の傑作です

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最終更新:2014/04/01 11:36
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