[連載]安彦麻理絵のブスと女と人生と

ババアになっても大暴れ! 女は「女」ってだけで、図太く図々しくたくましい!

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(C)安彦麻理絵

 先日の朝。新聞のTV欄を見ていたら、午前9時半からの日本テレビの『誰だって波瀾爆笑』の見出しに目が釘付けになった。なにしろ、「大親友!大親友!吉行和子&富士真奈美・熱海で大暴れ……恋も?」……である。日本のエイジレス代表ともいうべきこの二人(岸田今日子が、先にあの世に逝っちまったのがホントに残念)。想像するだに、なんだかすごく濃そうな内容で、かなりそそられるものがあった。この二人、「おばさん」というよりも、多分「おばあさん」に近い年齢なのかもしれないが、しかし、「熱海での大暴れ」。しかも「恋も」である(和子と真奈美の恋バナ……是非聞きたいもんだ)。きっと道中、相当やりたい放題、というか、マイペースだったのではないだろうか。しみじみ「ああ、そんなふうにトシをとれたら、どんなにか楽しいだろうな」と、思った次第である。(子どもらが「トミカのDVDを観る!!」と、暴れて大変だったので、残念ながら見そびれてしまったのであった)

 それにつけても、こんな、トシとってからの「大暴れ」。なぜか出来るのは「女」である。「男」は出来ない。男はトシとると、どうも、ひなびてくるというか、アブラっ気やらギトつきが抜けてきて、若い頃にラーメンだの牛丼だのをカッ食らってたのが、嘘みたいになってくる(と、思う)。それが悪いというわけではない。むしろ、いい具合に「好々爺」というカンジで、私は、男のそんな「枯れ」を「水墨画っぽくていいんじゃないか?」とか思っている。それが自然な、男のトシのとり方、という気がする。ジジィは「熱海で大暴れ」よりも、「サライ的な男のロマン旅」の方が似合っている。黙って仏像とか桜の木とか、鉄道の廃線とかを見つめてる姿の方がお似合いだなのだ。

 問題は「女」だ。いや、別に問題でもなんでもないんだけど、女はどういうわけか、トシくっても、なんていうかこう「発酵するのをやめない生き物だなぁ~」なんて思うのである。「臭み」とか「エグみ」が、そのまま棺桶に入っても温存されてそうというか。すべては女の「図太さ」「図々しさ」「たくましさ」が、渾然一体となってなせるワザ、ではないかと思っている。

 子どもを産んでみて思うのは、女のそういう、踏んづけられても蹴飛ばされても死なないんじゃないかっていう生命力である。なにしろ出産で入院して、「あ、この人今日、退院なんだ。」ってビックリする光景には何度も出くわした。赤んぼ産んで、あんだけ痛い目にあって、あんだけいろんな苦痛味わいながら、しかし、退院する時は、まるで何事もなかったかのように、すま~した顔で、化粧とかまでキレ~イにほどこして、乳飲み子連れてサ~っと退院していくのだから。(確かに産んですぐは、まるで幽霊みたいな歩き方で、河童に尻子玉抜かれたみたいな状態にはなってるが)

 しかし、こんなふうに書くと、まるで赤子産んだ女だけがたくましい、とかカンチガイする人がいそうだけど、残念ながら、産んでようと産んでまいと、子どもからお年寄りまで、女は「女」ってだけで、相当、図太くて図々しくてたくましいのである。男が「彼女は、すごく弱いんだ……だからオレがついててあげないとダメなんだよ」なんてセリフで己の浮気を正当化する話をよく耳にするが、「男より弱い女なんているんだろうか?」と、思ってしまうのは私だけだろうか?

 そんなわけで、女はババァになっても、熱海でもどこでも、それこそ神社仏閣、阿修羅像の前でも、満開の桜の木の下でも大暴れできる生き物なのだなぁと、しみじみ痛感した次第である。男は女房に先立たれると、大抵みんな弱っちくなってしまって、ともすりゃウツだのノイローゼになっちまうなんて話はよく聞く。なのに女はその逆である。「おんなのひとは、ダンナさんが死んでも元気だからねぇ~」と、知り合いのおばあさんが、ケロッとした顔でそんなふうに語ってた。

 ……妊婦生活に早くケリつけて、普通の体になって大暴れしたい……。ブルース・リーみたいな回し蹴りとかしたい今日この頃。

『これがオンナのケモノ道 (Fx COMICS)』

ババァリスペクト

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