[官能小説レビュー]

快楽と復讐を同時に果たす……官能小説における「女の悦び」

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藍川京『妖女』(徳間書店)

今回の官能小説
藍川京『妖女』収録作品「獣」

 男女の別れが”キレイ”なことなんてめったにないけど、一方的だったり、不可抗力な場合、どうしても相手へのわだかまりが残ってしまう。女がそれを持った時、どうやって解消したらいいのだろう。どうすれば相手を自分と同じぐらい傷つけられるのか、どうすれば自分と別れたことを後悔させられるのか。別な相手を見つけて前向きに生きようと思う前に、誰しも一度が思ってしまう、黒い感情というのものがある。そして女は、きっかけさえあれば何年経ってもその感情を蘇らせることができる。

 今回紹介する『獣』の主人公、水紀も、そんな黒い感情が少なからず涌いたのではないだろうか。大学時代に同棲していた元カレの寛樹と、偶然、数十年振りに再会。昔の恋人は面影はそのままに一回り歳を取り、うりふたつの顔をした息子、涼平を連れていた。

 自分の次に付き合った女性との間にできた子、涼平。女だったら、ホッとするだろうな。同棲とはいえ寝食をともにした男が選んだ女だもん、子どものひとり作るくらい本気で次の女を選んでくれなきゃ、女が廃る。

 当時の水紀は、寛樹の手のひらで転がされていた。4つ年上の寛樹は自分の店を持つことを夢見るバーテンダー。カウンター越しにカクテルを作る寛樹は、田舎から出て来た水紀には眩しく映ったんだろう。当時まだ仕送り暮らしの大学生だった水紀のアパートに転がり込んで来た寛樹を受け入れ、また身体も許してしまう。

 水紀にとって寛樹は”はじめての男”だった。女にとって、はじめての男はなるべくキレイな思い出で残したい。できればイイ男で、できれば優しく、これからつづく長い女の人生を甘く華やかに飾ってくれる王子様のような男がいい。けれど現実はそううまくいかない。収入が不安定な寛樹が仕送り暮らしの自分に寄生しているような気がして、自然と距離を置くようになってしまった。本当に好きなら追ってきただろうに、あっさりと別の女に乗り換えた寛樹に複雑な思いを抱いたまま時は流れる。

 だから、再び出会ったときに、当時、彼に捨てられたという想いが瞬時に蘇った。20代のころの悔しさや、みじめさが。

 20代の男女の4歳差は大きい。幼かった当時の水紀は、年上の寛樹についていくだけで精一杯だった。都会的に振る舞う寛樹を憧れのまなざしで見上げ、はじめてのキスや愛撫を身体じゅうに浴びて、男を身体に刻み込むのに必死だったはず。けれど四十路になった今は、化粧も男も人並みに覚え、寛樹とおなじ目線で会話ができるようになった。男の反応を楽しみながら言葉を選ぶこともできるし、寛樹の息子である涼平を転がすこともできる。父親である寛樹が席を外し、ふたりきりになった水紀と涼平。どちらともなくラブホテルに誘った。

 力任せの愛撫をする涼平を、もてあそぶように快楽へと導く水紀。性急にセックスへと導く涼平をさらりとかわし、せせら笑うように主導権を握っていく。お風呂のお湯をために浴室に消え、なかなか戻って来ない涼平に「一度出しておけば、すこしは長持ちするでしょうし」と声をかけたり、裸でベッドに入りながら「シックスナインしたら、すぐにあなたはいっちゃいそうね」と言ってみたり。20代のころの不慣れな自分が、彼の父親に抱かれたときと重ね合わせるように、涼平の衝動的なセックスを冷静に受け入れて、思いを巡らせる。涼平の「オトコ」を育てたい、と。

 息子が腫らしたアソコを、今度は父が。想像して微笑む水紀に背筋がぞくりとしてしまう。「これから、オヤジに会いに行くのか?」と訊く涼平の嫉妬が妙に生々しい。男は、女の”過去”に嫉妬するものだから。その相手が、たとえ実の父親だとしても。

 「親子丼」という下卑た概念が男の理想として語られ、官能小説にも登場することもがあるけど、この作品はまるで違う。昔の男への復讐と、若い男からの快楽の享受を一緒に成し遂げている。

 自分の息子を、昔の女が性教育する。これって男にとっては最大のダメージかもしれない。

『妖女』

いいなあ、若い子。

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