[連載]悪女の履歴書

過剰な自己憐憫と独占欲……バラバラ殺人に向かった “女帝”のほころび

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Photo by lazy fri13th from Flickr

世間を戦慄させた殺人事件の犯人は女だったーー。日々を平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。彼女たちを人を殺めるに駆り立てたものは何か。自己愛、嫉妬、劣等感ーー女の心を呪縛する闇をあぶり出す。

[第1回]
福岡美容師バラバラ殺人事件

 1994年の3月。熊本県と福岡県の4カ所から美容師の岩崎真由美さん(当時30歳)のバラバラ死体が発見された。殺人及び死体遺棄容疑で逮捕されたのは被害者と同じ美容室で経理を担当していた江田文子(現姓城戸・当時38歳)。発見された胴体部分の損壊が激しく内臓と乳房がえぐり取られていたことなどから、猟奇的な側面が当時センセーショナルに報じられた。

■のちの”女帝”、江田を育てた家庭環境

 江田は1955年5月、福岡市内で生まれた。父親は公務員、母は元教師。上に兄が1人いる。中学から短大まで地元の名門私立の女子校に学び、卒業後はインテリア会社に就職したが1年で退職している。ほどなく7歳年上のタンクローリー運転手と結婚し、二人の男の子をもうけた。専業主婦として10年ほど経った頃、家計を助けるために江田は再び外で働き出した。美容室「びびっと」には事件の6年前に事務員として入社している。ここで江田は精力的に働き、2年後にはマネジャーに昇進している。

 江田の生家はアパート経営もしており経済的には恵まれた環境で育った。無口で大人しい公務員の父との関係はいたって平穏なものだったが、勝気で良識にこだわる元教師の母親とは反目し合っていた。母親との確執については江田が控訴中に獄中で書いた手記『告白―福岡美容師バラバラ殺人事件』(リヨン社)に詳しい。高校3年のとき江田は甲状腺機能障害に苦しんでいたが、その際の母親の対応に対してこう述べている。

どんなに体がキツイと訴えても認めてはくれなかった。病院で診てもらえともいわなかった。ただ、”気のせい”、”若い者が何を言うか”と心配する様子さえ見せなかった。本当にこの人は母親なのかと思った。私には母が鬼に見えていた

 手記の中の母親からは鬼と呼ばれるほどの異常さは感じられない。そこから浮かび上がるのは視野が狭く思慮深さには欠けるものの、躾に厳しい普通の母親の姿だ。江田の手記は出来事の些細さに比べて大袈裟なほどの恨みに満ちている。「自分がこんなに苦しいのになぜ分かってくれない」そんな自己中心的な怒りは、夫や義父母に対しても同様だった。

 「夫の収入では家計が回らず、赤字分はわたしの肩にかかってきた」と語るが、実際は会社にタクシー通勤し休みの日には外車を乗り回す、平均以上の生活であった。自己憐憫と被害者意識の強さ。加えて、江田はプライドが高く激高しやすい性質の持ち主だった。

 マネジャーに昇進してからの江田は、美容師への経営指導や人事にも口を挟み、女帝のごとく振る舞っていたという。江田に対等な口をきけるのは、オーナーを除けばトップスタイリストの岩崎さんただ一人であった。その岩崎さんにしても、誰であろうと自分の思ったことはハッキリ口にする気の強さを持っていた。気の強い者同士折り合いは良いとは言えなかったが、事件の1年前、美容師の総リーダーになるはずだった岩崎さんが、江田の反対によってその座を奪われるという一件があり、それを機に二人の関係は急速に悪化したという。

■ありもしない浮気を疑うほどの独占欲、Aへの執着

 「びびっと」に入社して間もなく、江田はオーナーの知人男性A(当時37歳)と知り合い、不倫へと発展。Aには妻子もあったが、10年前からオーナーとも同性愛の関係にあり、この奇妙な三角関係が岩崎さん殺害に大きく関わることになる。

 江田とAが肉体関係を持ったのは、事件の半年前。性的にも経験豊富で遊び馴れていたAに江田はたちまち溺れて行った。資産家だったAは1回のデートに10万円、15万円を使う金離れのいい男だった。しかし、江田との関係がオーナーにバレていると知ったAは、自分が同性愛者であることを家族にバラされることを恐れ、江田との間に距離を置き始めた。同じ頃、江田はオーナーから、「Aと岩崎さんの関係が怪しい」と、あることないこと吹き込まれており、「Aの態度が冷たくなったのは岩崎さんが原因」と思い込むようになっていく。 

 Aの気持ちが離れるほど、江田の邪推と妄想は膨らんでいった。興信所に依頼するにとどまらず、変装して岩崎さんのあとをつけたり無言電話をかけたりと行動はエスカレートしていく。前出の獄中手記には、岩崎さんの人格や品位を貶めるエピソードが溢れている。岩崎さんが「可哀想なブスへ」というメモを残していっただとか、部屋が汚い、盗聴された、格好がダサイ等々、相手が反論できないのを言いことに言いたい放題である。

 居心地の悪い職場に嫌気がさしたのか、岩崎さんは美容室を辞める意思をオーナーに伝えている。事件の2日前、2月25日に退職手続きのために「びびっと」のオフィスを訪れ、岩崎さんは待遇に対する不満、悪口を言いふらされたことへの怒りを江田にぶつけ、言い争いは4時間に及んだ。翌26日。江田はAから密会用のマンションを解約したことを伝えられた。部屋の解約は決定的な別れを意味していた。そして事件当日の27日。退職手続きに不備があると言って岩崎さんをオフィスに呼び出し、出刃包丁で首から胸にかけてメッタ刺しにして殺害に至るのである。獄中手記によれば、このとき岩崎さんは「あの人の子どもを身ごもっている」と言い放ったという。真偽のほどは確かではないが、岩崎さんにしてみれば、ありもしない関係を疑われ、散々不愉快な思いを味わった腹いせに過ぎなかったのだろうが……。

 殺害からおよそ3時間後、遺体は頭、手足など11個に小分けされ、スーツケースとビニール袋におさまる肉塊と化していた。内臓やこそぎ落とした肉片は衣類と一緒にビニール袋に入れてマンションの玄関脇のごみ集積所に捨てられた。

腹部の膜のようなものを包丁で切り裂くと、内臓が出てきた。白い管を切断すると内臓は簡単に取り外せるようになった。最初に肝臓と思われる部分を取り出してビニール袋に入れた…

 殺害から遺体解体、自宅への運搬……。ここまで誰にも見られることなく、周到にことを運んで来た江田だったが、肝心の遺体遺棄の段階になって計画はほころび始める。行きあたりばったりに空き地、コインロッカー、パーキングエリアで少しずつ遺棄し、最後に残ったのは頭部だった。被害者の身元を特定する有力な情報が詰まった頭部だけはさすがにおいそれと捨てられなかったようだ。精根尽き果てたのか、頭部は自宅付近のゴミ集積場に捨てられ、翌日にはパーツが発見されるが、無造作に捨てた頭部だけは最後まで見つからなかった。

 江田は第一審では「岩崎さんが包丁を持って襲ってきた」と正当防衛を主張したが、第二審では「覆面をかぶった二人組の男が岩崎さんを殺害した」と荒唐無稽な主張を展開。「不倫をネタに岩崎から恐喝されていた」、「岩崎の差し向けた男二人にレイプされた」など、死人に口なしの自己正当化で最高裁まで争ったが事件から5年後の1999年9月、懲役16年の刑が確定した。

 どんな事件であっても詳細をある程度知れば、殺害の動機や犯人の心情にある程度の理解は及ぶものだが、江田のケースはそういった共感を一切寄せつけない。同性愛の三角関係、同僚に寝取られたと邪推するあたりの心の動きに関しては、江田が殺害を認めていないため本人の口から語られることはない。自分に都合の悪いことは一切認めようとしない、江田という女の歪んだ自己愛がこの事件に奇妙な後味を残している。

『戦後”異常”殺人事件史』

歪んだ自己愛の塊が女とも思える

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