[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第14回

「笑い」という推進力を持つ”ネオ少女漫画”『海月姫』

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『海月姫』1巻/講談社

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
東村アキコ『海月姫』1~5巻
講談社/各440円

 この度、テレビアニメ化されることとなった『海月姫』(10月14日放送開始、フジテレビ系)は、東村アキコ先生の作家史において大きな意味を持つ作品であります。なにしろ本作は東村先生が初めて挑む本格的なストーリーまんが。出世作『きせかえユカちゃん』(集英社)は、基本的には一話完結のシリーズものですし、大ヒット作『ひまわりっ~健一レジェンド~』の主役は飽くまでも”ギャグ”であり、アキコと健一の恋物語は添え物に過ぎませんでした。おそらく大半の読者があの2人の恋の行方を気にはしていなかったのでは……。

 その点『海月姫』は当初からよく練られたプロットを感じさせました。それ故に『ひまわりっ』にあったような場当たり的な瞬発力・爆発力は損なわれたかのように思われましたが、巻を追うごとに見事解消。3巻あたりからグイグイ面白くなって、今や私にとって続きが最も楽しみなまんがのひとつです。

 本作はオタク女子=腐女子を巡る物語であります。舞台は腐女子が共同生活をするアパート「天水館」。5人の腐女子は自らを「尼~ず」と称し、極力外界との接触を避けながら、個々人の趣味をマニアックに楽しんでおりました。天水館の入居条件はただひとつ、「男を必要としない人生」。

 天水館は母胎のメタファーです。外敵が存在しないこのアパートにいる限り、尼~ずはぬるま湯のような生活を謳歌することができます。「私もずっと…ここで…尼~ずのみんなとクララと一緒に…ぬるま湯に浸かって暮らしたいの」というセリフは、主人公・倉下月海の偽らざる本音。本作のタイトルは、羊水の中をくらげのようにたゆたい、そして守られるべき存在である(と思っている)月海の一面を強く表します。

 ところがそこに訪れた天水館周辺の再開発という危機。これまでは守られる側であった尼~ずが、今度は母なる天水館を守らねばならなくなりました。逆説的ではありますが、彼女たちは「自分たちが引きこもるための場所」を守るために、外界へと出て行かねばならなくなったのです。

 その手助けをするのが、不本意にも腐女子である主人公に想いを寄せる政治家一家の次男・鯉淵蔵之介。ファッション・ビクティムである蔵之介は尼~ずにこう言います。「いいか 着るもんひとつで人間これだけ変われるんだよ (中略) そんなカッコじゃ敵と戦えないってことだけわかってくれ 悲しいけど世の中には人を見た目で判断する奴がいっぱいいるんだ」と。そしてだからこそ「オシャレ」という名の「鎧を身に纏え!!!!」と。

 東村先生は異なる2つの価値観を同時に描くのがとてもお上手です。たとえば『ひまわりっ』のアキコ(非モテ)と節子(モテ)。ウイング関先生(オタク)とエミリ(ギャル)。その差違から笑いを生み出し、そして物語の推進力を紡ぎ出していくのが、東村先生一流のまんが術です。本作では「オタク」と「オシャレ」、「童貞・処女」と「遊び人」がそれに当たります。

 そしていずれの価値観も、東村先生は決して否定しません。ここには少年まんがにありがちな正義/悪、強者/弱者といった二項対立は存在せず、そのどちらにもいい面と悪い面があって、それらはひたすらフラットに描かれます。これは『ママはテンパリスト』1巻のあとがきにある「育児に関するハウツー的な情報を一切描かない」という宣言にも通じるスタンス。よく言えばバランスの取れた、悪く言えば日和見主義が、東村先生の作家的本質です。

 だけどそんな東村先生が肩入れし、強く肯定しているものがひとつだけあります。それが「笑い」です。政界だろうがファッション界だろうがオタク界だろうが、そこには等しく笑いがあって、そしてそれを見事抽出してみせる剛腕は、やはり天性のギャグまんが家です。

 そしてギャグのみならず、『海月姫』では物語る力にも磨きを掛けた東村先生。自由自在に往き来する価値観。そして少女マンガには付きものの、変身することの快感。本書の帯には「ネオ少女漫画」というキャッチコピーがありますが、安野モヨコ先生以後、最上の少女まんがを描くことができるのはほかならぬ東村アキコ先生であることを、本作は証明してみせたのです。

*余談ですが『海月姫』1~3巻所収のおまけマンガ『クラゲと私とバルセロナ』は出色のくだらなさです。ぜひお読みください。

**さらに余談ですが、本書に登場する「天水館」は花輪和一先生の大傑作『天水』(講談社)から取られたものだと勝手に思っているのですが、真相やいかに。『主に泣いてます』でも「ガロ」方面への傾倒を見せている東村先生だけに十分あり得るとは思うのですが!

小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。

『海月姫(1)』

あちき、まやや派!

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