[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第13回

1割の嘘と9割の真実で作り上げられた『路地恋花』の揺るぎない世界観

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『路地恋花』1巻(講談社)

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
麻生みこと『路地恋花』1~2巻
講談社/各590円

 京都、職人、ものづくり、長屋…と来ればこれはもうク●ネルやら天然●活やらの「ほっこり系」の独壇場ではありますが、麻生みこと先生は決してそんな安易なカテゴライズを目指しません。本作『路地恋花』は、京都の長屋に住まう若い職人たちを描いた連作集。「ユートピア」ものの一形態ではありながら、麻生先生の作家性と人柄とがにじみ出た真摯な物語たちは、読む者に清々しい読後感を与えてくれることでしょう。

 ここで言う「ユートピア」ものの名作として真っ先に挙げられるのが、佐々木倫子先生の大ヒット作『動物のお医者さん』です。白泉社文庫版の第4巻で編集家・竹熊健太郎さんが指摘しているように、『動物のお医者さん』というまんがは「この日本という国にあってはほとんど成立しえないであろう『個人主義』を描いたドラマ」なのであって、リアリティー溢れるH大学はそれを成立せしめるユートピア空間なのである――というわけです(だいぶはしょりましたが)。そして童話作家・佐藤さとるさんの「ファンタジーの本質はリアリズムである」という言葉を引いて、『動物のお医者さん』の徹底した取材を竹熊さんは賞賛します。

 佐々木先生に負けないほど、おそらく相当の下調べをしたのでしょう。麻生先生の描く京都の路地は、とても魅力的です。京都弁専門の校閲さんがいるのでは? と思うくらい正確な京都弁。実際に存在するに違いないと思わせる、情緒溢れる長屋の風景と、その緻密な内部の描写。並行して連載中の『そこをなんとか』で超難解な法曹界を描く麻生先生の取材力は、本作でもいかんなく発揮されています。

 ところが、です。第一話「綴」に登場するのは、世界に1冊だけの本を作る手作り本職人。そこまでは良いとしても、そこへ現れるもう1人の登場人物は、京都のイメージとは程遠いロックミュージシャンです。第四話「夏菊」に登場するのは、スランプに陥って東京から逃げ出してきた作家と、京都で80年続く和菓子屋のロリータ趣味の娘。第九話「petit cadeau」に登場するのは、ズケズケと本音ばかりを言う大阪人のガラス作家。登場人物の大半が、次々と「京都的なるもの」の枠内からははみ出して行き、よくよく見ればその他の主要キャラも嵯峨野出身だったり、丹後出身だったりと、微妙に京都の中心からは外れているではありませんか。これは一体どうしたことでしょう。

 つまり丁寧に織り上げた「京都的」な世界を、作者は意図的に崩しているのです。「京都」「職人」といったキーワードに引き寄せられてきた読者には、まるで強烈なカウンターパンチ。『動物のお医者さん』におけるH大学と同様に、完璧に再現された「京都の長屋」は舞台に過ぎません。本作で描かれるのはむしろ、1巻のあとがきで作家自らが書き記しているとおり「ものを作る人」なのです。

 このまんがには「食える/食えない」の話、つまりお金の話が頻繁に登場します。「大きなお世話や思てずっと黙ってたんやけど 辛抱堪らん素朴な疑問 食えてんの?」(第一話)、「喫茶店収入で 食えてしまう」(第四話)、「まあ食えてんじゃない? ギッリギリ」(第五話)、「万華鏡だけで食えるとも思えへんしな」(第十話)。

 おそらくこうした職人さんたちの多くは、実際は生活するのもギリギリであることでしょう。敢えてお金の話に触れておきながら、でもそこで麻生先生は見え透いた嘘をつきます。すなわち、実家がお金持ちで仕送りが腐るほどある、離婚の慰謝料だけで悠々と暮らせる、昔のベストセラーの印税だけで食っていける…などなど。これが本作がユートピアまんがである所以です。彼ら/彼女らの作る姿=生きる姿を見せたくて、麻生先生はやや規格外の魅力的なキャラクターを産み出し、そして徹底したリアリティに基づく「京都の長屋」というユートピア空間を現出せしめました。『路地恋花』という美しいまんがは、そうした1割の嘘と9割の真実からできています。

 本作は連作集であります。つまり話ごとに登場人物が変わり、職業も変わります。手作り本職人から始まって、銀細工職人、画家、キャンドル作家、花屋、友禅ののり置き職人、万華鏡作家……その度に麻生先生は参考文献を当たり、取材しているのでしょう。そこには専門的な知識や技術がしっかりと描かれ、読者はトリビア的な知的興奮を得ることもできます。麻生先生本人のこの真摯な姿勢こそ、「ものを作る」という行為の本質を体現しているとは思いませんでしょうか。作ることを志すすべての人にこの作品のメッセージが届けばいいと、願わずにはいられません。

小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。

『路地恋花』

「京都に憧れてるんですぅー」女子には向かないかも

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