まんが研究家・小田真琴による、マンガ大賞総評【前編】

「マンガ大賞2010」ノミネート作品を一挙解説

 3月17日、今年のマンガ大賞が決定しました。第3回の受賞作はヤマザキマリ先生の『テルマエ・ロマエ』。まんが史上初(?)の「風呂」をテーマとした意欲作です。というわけで今回はマンガ大賞作品、およびノミネート作品から見えてくる、今のまんがの状況を簡単に解説したいと思います。まずは順位に沿って、ノミネート作品を紹介していきます。

【大賞】
ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』1巻(以下続巻)/エンターブレイン

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 これほどあらすじを説明しづらいまんがも珍しいものです。古代ローマの設計技師・ルシウスが、ローマと現代日本の風呂を行き来するというタイムスリップもの……と言っても決してSF作品ではなく、かと言って一概にギャグまんがとも言い切れず、めっぽう面白い不思議な作品です。

 ヤマザキ先生のキャリアは決して短くはありません。が、これまではヒット作に恵まれず、主にエッセイまんがなどで活躍していらっしゃいました。しかしこの作品で一気のブレイクスルー。一体これまでのヤマザキ作品と『テルマエ・ロマエ』とでは何が違うというのでしょう? それはおそらく単純に対象への「愛」だと思います。つまりは風呂への愛です。本作の各話の幕間にはヤマザキ先生の「風呂エッセイ」が収録されています。その文面から横溢する風呂への愛情たるや!

 ヤマザキ先生から「風呂への愛」というテーマを引き出し、それを作品へと昇華させた編集者の手腕に感服いたしました。缶ビールを飲んで「………きゅーっときた!!」とルシウスがモノローグするひとコマが、大好きです。

【2位】
小山宙哉『宇宙兄弟』1~8巻/講談社

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 マンガ大賞には「最大巻数が8巻までのマンガ作品」という条件があります。昨年12月に8巻が発売された『宇宙兄弟』は、つまりこれがラストチャンスだったわけです。2年連続の2位は、余りにも惜しい……。

 タイトルのまんまですが、宇宙飛行士を目指す兄弟の奮闘を描いた本作は、魅力的なキャラクターで溢れています。不器用ながらも、人並み外れた洞察力と妙な男気のある主人公・六太。天才肌でフィーリング重視、六太よりひと足早く宇宙飛行士となった弟・日々人。そして個性的な宇宙飛行士選抜試験の受験者たち。宇宙飛行士の裏事情や専門知識をふんだんに混じえて描かれる試験の様子は、知的興奮と物語的興奮に満ちていて、とてもスリリングです。

 おそらくはマンガ大賞受賞を見据えていたであろう9巻は、3月23日に発売です。個人的には今いちばん続きが楽しみなまんが。ぜひご一読を!

【3位】
大場つぐみ・小畑健『バクマン。』1~7巻/集英社

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 今さら説明の必要もないでしょう。『このマンガがすごい!2010』オトコ編第1位に輝いた、問答無用の大ベストセラー作品です。

 本作は何度目かの「まんがのまんが」ブームの火付け役です。「まんがのまんが」とは、古くは藤子不二雄A先生の不朽の名作『まんが道』から、土田世紀『編集王』、日本橋ヨヲコ『G線場ヘヴンズドア』に至るまで、数多くの素晴らしい作品を輩出しているジャンルです。

 『バクマン。』もその系譜に相応しく、大変に面白い作品です。が、先達の作品群と異なるのは、圧倒的な熱量の少なさ。主人公の2人はまるでRPGのイベントをこなしていくように、まんが家への道を駆け上ります。『まんが道』が手塚治虫を絶対的な神とする宗教型、『編集王』が押し寄せる強敵をなぎ倒すバトル型、『G線場ヘヴンズドア』がまんがを通じてひたすら自己へと向かう内省型だとしたら、『バクマン。』はゲーム型です。読み比べてみると、「まんが」の世界の奥行きに気付くはずです。

【4位】
花沢健吾『アイアムアヒーロー』1~2巻/小学館

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 なんとも読後感の悪い作品です。このまんがを読み返す度に凹みます。しかしそれでも読み返してしまう、不思議な魅力を湛えた作品です。

 本作は、1巻と2巻とではその様相がまったく異なります。大した才覚もなく自意識ばかりが過剰な35歳のまんが家アシスタント・英雄の日常を、執拗なまでに高い湿度で描写する1巻。突如として世にも恐ろしいゾンビものへと変貌する2巻。いずれも圧倒的な筆力で描く花沢先生ですが、こうなると3巻の展開がまったく予想できません。

 ですからマンガ大賞は時期尚早だったと私は思います。このまんがは、まだその全貌を明らかにしていません。期待して続巻を待ちましょう。

【5位】
西炯子『娚の一生』全3巻/小学館

 私のイチオシでした。が、残念ながらの5位。先ごろ発売された最終巻、3巻には賛否両論あるでしょうが、これからも読み続けられるであろう名作であることは間違いありません。

【6位】
市川春子『虫と歌』全1巻/講談社

 今回ノミネートされた作品の中で唯一の短編集です。デビュー作にして既に巨匠の風格漂う、堂々たる作品集です(既報)。短編ひとつひとつが凡百の作家の長編にも匹敵する濃度。浦沢直樹なら30巻くらいは費やすであろうテーマを、このページ数に収める才能は只者ではありません。

【7位】
東村アキコ『海月姫』1~4巻/講談社

 私のニオシでした。そうですか、7位ですか……。2009年は東村先生の年だったと言っても過言ではありません。『ひまわりっ ~健一レジェンド~』(講談社)、『ママはテンパリスト』(集英社)に続く本作のヒット。

 東村作品に特徴的なのは相反する2つの世界の存在です。おしゃれとオタク、モテと非モテ、富める者と貧しき者、大人と子ども、そして女と男。その世界の「裂け目」から笑いをグイッと抽出し、そしてつなぎとめているのが東村先生のまんがだと私は思います。笑いによって超越される二項対立。なんて美しい世界でしょう!

 本作で描かれるのは、クラゲをこよなく愛する腐女子・月見と、総理大臣の息子で女装が趣味の蔵之介との淡い恋模様です。『きせかえユカちゃん』(集英社)や『ひまわりっ』で培った爆発的なギャグセンスはそのままに、本作ではストーリーを形作ろうという確固たる意志も見られます。

 そしてなにしろあとがきのおまけマンガ「クラゲと私とバルセロナ」が大傑作。バルセロナ五輪の男子マラソン代表・森下広一選手への偏愛を語った本作は、笑いなしには読めません。これだけでも買う価値のある本だと断言します。

【8位】
久保ミツロウ『モテキ』1~3巻/講談社

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 非モテ男子のもとに突然訪れたモテ期。そのドタバタを描く話題の恋愛コメディですが、非モテの心のダークサイドを余りにも深くえぐるものですから、「まるで自分のことを言われているようだ」という人間が、男女問わず私の周りには多数おります。

 この「男女問わず」というところが本作のすごいところで、『モテキ』は男女双方の立場から非モテを描いた空前絶後の作品であるのです。作者の久保ミツロウ先生は、実は女性。先入観のせいかもしれませんが、私には女性の気持ちがとても丁寧に描かれていように感じました。今日の優れた作家の資質として、両性具有的なセンスは絶対に欠かせません。『モテキ』は4巻で最終巻となるようですが、久保先生はこれからも素晴らしい作品を生み出し続けてくれることでしょう。

【9位】
三島衛里子『高校球児 ザワさん』1~3巻/小学館

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 音や香り、温度といった「感覚」は、まんがという二次元のメディアからは排除されてしまう情報です。そうした「感覚」を紙の上で丁寧に再現しようとしているのがこの作品。主人公・ザワさんの内面が描かれることはほとんどありませんが、紙面に織り込められた「感覚」から伝わってくるのは、モノローグにも勝るリリシズムです。野球をするザワさんのフォームもいちいち美しく、惚れ惚れとしてしまいます。

【10位】
島本和彦『アオイホノオ』1~3巻/小学館

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 島本先生一流の過剰なパワーに満ちた「まんがのまんが」です。島本先生の「まんがのまんが」と言うと名作『吼えろペン』シリーズがありますが、本作は自伝的作品。大阪芸大と思しきキャンパスを舞台に、庵野秀明、矢野健太郎など実在の人物も登場して、当時のまんが作品を引用しながら、’80年代初頭のオタクたちの青春を馬鹿馬鹿しくもパワフルに描きます。

 ノミネート作品の一覧を見たときに、この作品にだけ違和感を覚えたのは私だけでしょうか。もはやベテランの域に達しつつある島本先生の作品は、どれもサービス精神と暑苦しさに溢れていて、楽しく読めるものばかりです。だからこのタイミングで、この作品だけが注目された理由がいまいちわかりませんでした。流行りの「まんがのまんが」だから? どうなんでしょう。
(後編につづく)

小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。

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