[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第6回

“人の形”を通し、生命の儚さ・強さをグロテスクなまでに描いた『虫と歌』

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『虫と歌 市川春子作品集』/講談社

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
市川春子『虫と歌 市川春子作品集』全1巻
講談社/600円

 遅ればせながら、昨年の私的ベスト5はこんな感じでした。

(1)西炯子『娚の一生』(小学館)
(2)東村アキコ『ママはテンパリスト』(集英社)
(3)岩本ナオ『町でうわさの天狗の子』(小学館)
(4)宇仁田ゆみ『うさぎドロップ』(祥伝社)
(5)市川春子『虫と歌』(講談社)

 以前に紹介した(1)、大車輪の活躍だった(2)の東村先生、同じく(3)の岩本先生、思い切って新たなステージに物語を進めた(4)の大英断……どれも印象深い作品たちでした。そんな中の(5)。まだご存知ない方が多いと思うので、ぜひ紹介させてください。

 昨年11月の発売と同時に、私のまわりの文化系女子のハートを鷲づかみにした『虫と歌』は、市川春子先生のデビュー作となる短編集です。市川先生は北海道在住のデザイナー兼まんが家(ちなみに本書の装丁もご自身によるもの)。2006年、「アフタヌーン」(講談社)の四季大賞を受賞してデビューし、その後、超寡作ながら1年に1作のペースで作品を発表し続け、満を持して刊行されたのが本書『虫と歌』というわけです。

 特筆すべきは、独特で、圧倒的に強く美しい世界観と、高野文子先生直系の高度なテクニックです。自らの指から細胞培養されて生まれた「妹」に対する、思春期男子の感情のゆらぎを描く『星の恋人』。飛行機事故で奇跡的に生き残った高校生男子2人の奇妙なサバイバルを描く『ヴァイオライト』。肩を壊した高校野球のエースと、ある日突然家に現れた謎の生命体との交流を描く『日下兄妹』。「昆虫デザイナー」の兄がかつて生み出した人間型カミキリムシの「お礼参り」と、その顛末を描く表題作『虫と歌』……凡百のSF作家の長編並みの密度と、そしてはるかに凌駕する美しさとを兼ね備えた、恐ろしくハイクオリティな作品ばかりです。

 市川作品に特徴的なのは「人形(ひとがた)」に対するこだわりです。たとえば『日下兄妹』では、当初「たんすのねじ当て」として現れた謎の生物は、徐々に人形となり、「ヒナ」という名を与えられ、そして再び「部品」へと戻ります。『ヴァイオライト』で人形が崩れゆくクライマックスは、グロテスクでありながらも、それ以上に鮮烈なビジュアルと深い悲しみが胸に迫ります(ともにネタバレになるので詳細を書けないのがもどかしいのですが……)。物語の要所要所で人形の形成/崩壊が契機となり、その先にある「死」と、そして「再生」とが描かれるのです。

 最新のインタビュー記事で、市川先生本人は、こんなふうにおっしゃっていました。

「体の一部が取れるとか、体が裂ける、傷口が開くっていうのは、『秘密が開く』みたいなことなんじゃないかなぁと思っていて。痛いとか苦しいとか、グロテスクなものの向こうには、普通は人の目では見えないような、いいものがある気がします。宝探し的な、ワクワクするような感覚があるんです」(幻冬舎「パピルス」Vol.28より)

 先生の言う「いいもの」「ワクワクするような感覚」というのは、決して悪趣味な類のものではありません。私が思うに、それは「生命そのもの」としか言いようのない、大きな概念です。それが証拠に本書のどの作品も、人形の消滅がすなわち生命の消滅を描くものではありません。失われた人形から新たな生命が生まれ、また、失われた人形によってある生命は救われます。残された人間は、在りし日の人形を思い浮かべながら、新たな生を歩み始めます。

 生命はそれ単体で閉じた存在ではありません。受け継がれてきた遺伝子があり、また受け継ぐべき遺伝子を持ち、そして記憶があり、それぞれがときに触れ合いながら生きていく、垂直にも水平にも延びて行く平面体なのです。愛らしい外見とは裏腹に、とてつもない「強さ」を秘めた市川作品。日常の些細な孤独感や寂しさなど、その前にはきっと、取るに足らないものだと思えてくるはずです。

小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。

『虫と歌 市川春子作品集』

読む人を選ぶ一冊です

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