[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第6回

『パティスリーMON』を支える、甘い恋愛ストーリーと”現場”のリアリティ

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『パティスリーMON』1巻/集英社

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
きら『パティスリーMON』全10巻
集英社/各420~440円

 まんがで食べ物を描くときの困難は、まず何よりも「色」にあります。たとえば料理書の大半はオールカラーの写真が添えられていますが、一方、まんがはその多くが1色印刷。その中でいかに食べ物のおいしさを伝えるのかが、作家の腕の見せ所でもあるのです。

 昨今は「お菓子まんが」が大流行しております。そんな中でも私の一押しは、昨年1月に完結した、きら先生の『パティスリーMON』(集英社)。かつてよしながふみ先生は名作『西洋骨董洋菓子店』(新書館)において、オーナー兼販売員の橘が駆使する鮮やかなセールストークでケーキのおいしさを表現しましたが、きら先生はケーキを作る「現場」をとても丁寧に描くことで、そのおいしさを見事に伝えてみせました。

 物語は王道の恋愛ものです。お菓子作りが好きな主人公・オトメは、ブログをきっかけに高校時代の家庭教師・「先生」こと土屋に再会します。突然大学を中退し、家庭教師も辞めてしまった土屋は、今はなんとパティシエとして働いていました。かつて先生に片思いしていたオトメは、誘われるがまま土屋のパティスリーに勤めることとなり、ちょっと無骨なオーナーシェフ・大門が気になりつつも、「先生」への想いをいま再び募らせていくのでした。ところどころに育ちの良さをにじませる土屋は典型的な王子様キャラ。お菓子のこと以外は多くを語らない大門は、くらもちふさこ作品によく登場する「何を考えているのかよくわからないけど気になる男子」の系統。2人の間で揺れ動くオトメの想いの行方やいかに?

 26歳で男性経験のない夢見る夢子ちゃん、という主人公の造形は、ややもすれば苛つくキャラクターではあります。しかしそこはさすがのきら先生。会う度に男が変わるキヨミ、子持ちの専業主婦で異常に所帯じみたヒロコという2人の友人を配置することによって、物語に異なるライフステージからの視点を与えます。そしてなにより仕事場で見せるオトメの真っ当な社会性が、オトメを単なる「不思議ちゃん」にはさせません。

 このまんがの真骨頂は、お菓子を作る「現場」のシーンにこそあります。そこかしこで登場する搾り出し袋の持ち方から、オトメの恋敵・片岡雪がゴムベラで混ぜる、おそらくはマドレーヌの生地の質感(3巻P.13)、湯せんで溶かしたチョコレートの質感(4巻P.84)…。さらにオトメが土屋と一緒にジェノワーズを作るシーンで、オトメはちゃんと小鍋から溶かしバターを流し入れています(2巻P.96)。これが何を意味するのかというと、適当に「何か」の生地を混ぜている様子でお茶を濁すこともできたのに、きら先生は敢えてジェノワーズの作り方を正確に追いかけて、サブレやバターケーキにはない、溶かしバターを入れるプロセスを選択したわけです。

 この作家的誠意! おそらくきら先生は、取材のために何度もお店へ足を運んだに違いありません。そして根掘り葉掘り、お菓子のこと、お店のことを聞いて回ったに違いありません。さもなければお菓子作りが相当に好きだったり、洋菓子店に勤務した経験がない限り、ここまでは正確に描けないはずです。醸し出されるリアリティは作品に説得力を与え、また、極端な設定の主人公を世間一般とつなぎ止める「かすがい」の役割を果たしています。

 河内遥先生は『ケーキを買いに』(太田出版)でお菓子の官能性を、水城せとな先生は『失恋ショコラティエ』(小学館)で愛情たっぷりにショコラの中毒性を描き、ともに人気を集めました。もちろん2作品とも大好きなのですが、リアリティでは『パティスリーMON』が圧倒的。大ヒット作『まっすぐにいこう。』でも、職人的な構成力と、シンプルながらも的を射た描画力を見せつけるきら先生ですが、その丁寧な仕事ぶりは本作にこそ溢れています。「働きまんが」とはいえ、傲慢な「仕事論」を読者に押しつけないのも好印象。お菓子が溢れかえるこの季節に、ぜひ読んでいただきたいまんがです。

小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。

『パティスリーMON』1巻

マメタロウは出てこないのでご注意を!

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