[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第2回

関係性に萌える『スラムダンク』~スポ根としての女子まんが序論(2)~

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『Slam dunk―完全版』(集英社)

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民に、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

 スポ根における読者サービスとして、たとえば「必殺技の快感」、そして「成長の快感」「勝利の快感」といった、いくつかの快感が挙げられます。

 『スラムダンク』を女子まんがとして読み解くとき、そこにあるのは「関係性の快感」です。「関係性の萌え」と言ってもよいでしょう。それが証拠に、本作の最終話に描かれた最上級のカタルシスは「桜木と流川のハイタッチ」でありました。物語の当初からいがみ合い続けながら、その実心の中ではお互いを認め合っていて、それが遂に抑えきれず発露した瞬間の絶大な「萌え」たるや! 「最強の敵」である山王に勝利したことよりも、もしかしたら井上雄彦先生はこの見開きが描きたかったがために、『スラムダンク』という物語をつづってきたのではないか? とすら思えます。

 ほかにも赤木と三井(「2年間も待たせやがって……」)、三井と流川(「そんなタマじゃねーよな」)、流川と仙道(「沢北じゃねーか…どあほう!!」)…といった「萌える」関係性が、本作には至る所に存在します。男性読者の多くは、やはり桜木や流川の「成長の快感」や、湘北の「勝利の快感」に目を奪われがちでしょうが、女子たちが見てきたのはそういった関係性であり、個人であったはずです。

 それは何よりも『スラムダンク』が、団体競技をテーマとしながら個人を極限まで際立たせた、未曾有のバランス感覚を備えた作品であったからです。一般的なスポ根、特に団体競技をテーマとしたものにおいては、カリスマ的な主人公(天才、もしくはアウトロー)がいて、彼/彼女の夢や目標(甲子園優勝、ワールドカップ優勝など)に引っ張られる形でチームメイトもスポ根化し、物語は進みます。そこにあるのは全体主義的な快感であり、それは集団や組織を好む男性読者の大好物でもあります。

 ところが『スラムダンク』においては、「全国制覇」を積極的に口にするのは赤木ただ1人で、その他主要人物は「センドーはオレが倒す!」「山王はオレが倒す!」など、目先の勝負、自身のプライドにばかりこだわり続けます。結果、チームとしては甚だ結束力の弱い湘北ではありますが、しかし最後には赤木に「オレたちは別に仲良しじゃねえし/お前らには腹が立ってばかりだ/だが…/このチームは…/最高だ……」と言わせるに至るわけです。ここで赤木は全体主義的な、旧来のスポ根を背負う存在であり、その感傷は次頁でその他4人の「自分のためにやってんだ!」という声にかき消されてはしまいますが、このシーンには確かな個人主義と全体主義の融合があります。

 「大いなる目的」を持たない『スラムダンク』という物語は、結果、キャラクターを際立たせました。登場人物は物語に属するものではなく、登場人物とその関係性が物語を織り成していったのが『スラムダンク』という新しいスポ根であったのです。

 たとえば本作にはいくつかのターニングポイントがありますが、中でも重要なのはバスケから離れヤンキーと化した三井寿の登場と、その一連のエピソードでしょう。三井の改心=復帰とともに、まず第一に、当初は色濃く打ち出されていたヤンキー臭がなりを潜め、本作をまんがとしてより普遍的なステージへとのし上げました。そして第二に、登場人物の過去を掘り下げ、読者の感情移入をより強固なものとする方法論がこの「三井編」で確立されました。後にこの方法論は端役にまで徹底され、インターハイ1回戦の相手に過ぎない豊玉の南や岸本ですら、完全な悪人にはさせません。

■女性作家に多大な影響を及ぼした「関係性の快感」

 そうした個人たちが生み出す「関係性の快感」は、今日では「チーム男子」という概念に結晶化されました。若き日の羽海野チカ先生やよしながふみ先生は、そんな「チーム男子」力に激しく萌えたことでしょう。『スラムダンク』は彼女らを二次創作へと向かわせ、後に一次創作へと向かうための足がかりを作りました。そして末次由紀先生。かつて『スラムダンク』の盗作騒動で一旦は筆を折った末次先生は、昨年の『ちはやふる』で鮮やかな復活を遂げます。一読して私はその面白さに熱中し、そして「これは末次先生の『スラムダンク』なのだ」と思いました。

 たとえば全国大会東京都予選の決勝、北央戦で自らのブランクを悔やむ主人公・千早のチームメイト、肉まんくんの姿は、インターハイ予選、陵南戦の後半残り2分で倒れた三井の「なぜオレはあんなムダな時間を……」と悔恨する姿につながります。が、このエピソードを「パクリだ!」と、鬼の首を取ったように騒ぐ輩はもういません。末次先生には語るべき、語りたい物語があって、それがたまさか(むしろ意図的に?)『スラムダンク』に寄り添っていたとしても、私はこのキャラクターを、この感情を描きたいのだ! という、作家自身の強い意志表明がそこにはあったからです。そして「かるた」という絶妙のテーマ設定もあって、今や『ちはやふる』は個人と集団の描き方において、新たな境地を開拓しつつあります。『スラムダンク』はもはや彼女の「ネタ元」ではなく「力」です。

 『スラムダンク』の薫陶を受けた女性作家たちはみな、男性的な快感をも理解し、作品に織り込んだ上で、創作へと向かうことができました。それが彼女たちの作品が持つ「普遍性」の大きな源泉であると、私は思います。それが証拠に現在、羽海野先生は「ヤングアニマル」、よしなが先生は「モーニング」と、共に男性まんが誌で連載を持っていますし、また、『ちはやふる』は今後多くの男性読者を獲得し、普遍的な作品へと成長していくことでしょう。

 ちなみに『スラムダンク』には、旧来のスポ根的な要素もすべて詰め込まれています。前述のとおり赤木には旧スポ根的なイデオロギーが織り込まれ、団結し、勝利することの快感を象徴します。また桜木は典型的なアウトロー型の天才プレーヤー、片や流川は典型的な天才型のプレーヤーであり、それぞれが要所要所で活躍しながら、成長することの快感を提供します。数多くの女性読者を獲得しながら、やはり男子をも魅了する仕掛けがそこかしこにあり、だからこその累計1億部突破。いつか女子まんが畑から、そんな作品が生まれることを願って止みません。

『スラムダンク 完全版』全24巻セット

安西先生にも萌えてあげて♪

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