[連載]海外ドラマの向こうガワ

『Dr.HOUSE』に見る、イギリス人役者のハリウッドでの成功例

2009/09/20 12:00
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『Dr. HOUSE/ドクター・ハウス シーズン1
DVD-BOX1』/ユニバーサル・ピクチャーズ・
ジャパン

――海外生活20年以上、見てきたドラマは数知れず。そんな本物の海外ドラマジャンキーが新旧さまざまな作品のディティールから文化論をひきずり出す!

 近年、アメリカのTV界ではイギリス人役者を「メインキャラクター」として採用する傾向が年々強くなってきている。現在、アメリカで次々と放送開始されている2009~2010年シーズンの新作ドラマ/コメディ・シリーズにも、20人ほどのイギリス人役者が主要キャラクターとしてキャスティングされており、彼らが出演している作品の60%が早くもフルシーズン、全話放送することが決定*。大きな注目をあつめている。

 数年前、大々的な宣伝のもとスタートした『バイオニック・ウーマン』のミッシェル・ライアンや『ターミネーター サラ・コナーズ クロニクルズ』のレナ・へディも英国出身でありながら、すでに多くのファンがついている「人気アメリカ人キャラクター」を演じ話題をよんだ。

 このように、多くのイギリス人役者がアメリカTV界に流れてきたのは、いくつかの理由がある。

 不景気のあおりを受け、イギリスのTV業界では大幅な経費削減が行われており、TVドラマ/コメディ制作の予算もおさえられているため、出演者のギャラも少ない。大ヒット作の主役級であっても1シーズンで50万ポンド(日本円で約7,500万円)程度である。一方で、アメリカのドラマは、エピソード数が3倍以上あり拘束時間が長いものの、作品が大ヒットすれば1シーズンで900万ドル(日本円で約8億1千万円)を稼ぐことも夢ではない。

 また、イギリス人役者にとって、世界中に輸出されるアメリカのTVドラマ/コメディに出演し知名度をあげることは大きなプラスとなるほか、ハリウッド映画へ進む足がかりともなる。ほかにも、話題性の高いアメリカのドラマ/コメディで活躍した後に、イギリスに戻ると「スーパースター」扱いされ、仕事が増えるという利点もあるのだ。

 アメリカのネットワークやプロデューサーたちにとっても、イギリス人役者を採用するのは、大きなメリットがある。

 いまだに「映画の方がステイタスが高い」と考えるアメリカ人役者に比べ、イギリス人役者はすでに成功を収めている者でも抵抗なくアメリカのTVドラマに出演する。演劇の基礎がしっかりと出来ている彼らは、監督の求める演技をし、プロフェッショナルな姿勢で撮影に臨むため、時間通りに仕事に来るのはもちろんこと、台詞は全て覚えているし、ミスも少ない。また、最初から高額ギャラを求めてこないのである。

 アメリカTV界における、この「イギリス人役者ブーム」の火付け役となったパイオニア的存在の俳優がいる。米FOXネットワークで2004年11月から放送されている、人気医療ドラマ『Dr.HOUSE』でアウトローなハウス医者を演じ大ブレイクしたヒュー・ローリーである。

 同作品は、人間嫌いで、患者と会話することを何よりも苦痛と感じるハウス医師がチームと共に、他の医師がさじを投げた難しい医療ケースに、果敢に挑戦するという物語。鋭い洞察力で患者の性格やライフスタイルを見抜き、誰もが思いつかなかった部分から病の原因を見つけ出す天才医師の活躍を描いた「医療ドラマ」であるが、「ミステリー・サスペンス」的な要素も強く、幅広い層の視聴者を獲得した。

最大の難関はブリティッシュ・イングリッシュ!?

 実は、このハウス医師のキャスティングでひと悶着があった。クリエーターのデイビッド・ショアは、ヒュー・ローリーを一押ししたものの、プロデューサーのブライアン・シンガーは「訛りのきつい英語を話すイギリス人が、いくら頑張ってもアメリカ英語のアクセントにはならない。聞いていて変だし、違和感が生じるからイギリス人の役者は使いたくない」と大反対したのだ。

 しかし、オーディション・テープを見たブライアンは、ヒューの表情や独特の雰囲気、間の取り方や演技に「ハウス医師は、彼そのものだ」「彼こそが、求めていたアメリカ人男性像だ」と感じ「言葉の違和感など問題にならないだろう」と配役を決断。

 人との交流を嫌うニヒルでシニカルなハウス医師は、自身も病を抱えた患者である。時折、ストレートに苦悩を露わにする彼の「人間くささ」を、ヒューは見事に演じ全米で大ブレイク。日本でも7月にリリースされたシーズン2では、リアルな外科手術シーンもこなし、2年連続してゴールデングローブ賞ドラマ部門主演男優賞に輝いたほか、エミー賞にも4回ノミネートされるなど、高く評価され、祖国イギリスでもエリザベス女王から称号を与えられているほどの大スターへと成長した。

 ブライアンの危惧していたアクセントだが、実はこの問題はイギリス人役者たちにとって大きなネックとなっている。冒頭のミッシェル・ライアンやレナ・へディも「アメリカ英語が下手すぎ」と一部米メディアから散々叩かれた。ヒューも最初は色々と言われ、今もネタにされることが多いが、ハウス医師自体がイギリス人っぽい「皮肉屋」であり、また風変わりなキャラクターであるため「それも個性」と捕らえられ、次第に問題視されなくなったのだ。

 しかし、ヒューはこれに甘んじることなく撮影の合間もアメリカ英語を使い努力を続けているという。それだけではない。彼は自分がイギリスを代表する役者だと認知しており、意識して素行よくふるまっているというのだ。関係者に迷惑をかけぬよう、時間を守り、台詞を覚え、常に穏やかで感情的にならず、アルコールや麻薬などには手を出さない。『Dr.HOUSE』にプロデューサーとしても参加しているヒューだが、ドラマの中心的存在である彼の協調性の良さが、作品のクオリティーを高めているといっても過言ではないだろう。

 今やアメリカTV界になくてはならない存在となったヒュー・ローリー。ドラマがスタートした当時、1話あたりの出演料が5万ドル前後(日本円で約520万円)だったヒューの出演料は、今や40万ドル(日本円で約4,200万円)に跳ね上がり、1シーズン8億円出しても十分利益が出る「価値のある役者」だと認められた。そして、同胞の役者たちに門を大きく開いたのである。

 役者だけでなく、アメリカで働く外国人の誰もが、英語のアクセントに苦労した経験を持つと思う。しかし、アクセントを超える実力を持ち、自分を磨き続け、誰からも尊敬されるような品位を保てば、一目置かれるようになり、頂点に立てることができるのである。おごらず、自分のペースを崩さず、演技の腕を磨き続けているヒューに学ぶことは多いのではないだろうか。

※アメリカで放送される新ドラマは、よほど「話題性の高い作品」「クオリティの高い作品」でない限りパイロット(第一話)~三話ほど放送し、視聴率がよかったら全話放送するという形式をとる。1話だけで放送がキャンセルされる作品も少なくない。

堀川 樹里(ほりかわ・じゅり)
6歳で『空飛ぶ鉄腕美女ワンダーウーマン』にハマった筋金入りの海外ドラマ・ジャンキー。現在、フリーランスライターとして海外ドラマを中心に海外エンターテイメントに関する記事を公式サイトや雑誌等で執筆、翻訳。海外在住歴20年以上、豪州→中東→東南アジア→米国を経て現在台湾在住。

『Dr. HOUSE/ドクター・ハウス シーズン1 DVD-BOX1』

アメリカンドリーム実現

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最終更新:2009/12/26 23:21
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